「明日は無理。なんでってそりゃあお見合いだからだよ」クラウン「……」
「どうして君がここにいる?」
「お見合い相手が私だからよ。何か問題でも?」
「問題しかないな。まず一つ目。俺はクラウンに実家を教えたことはないはずだ。それを踏まえて、なんでここにいる?」
「もちろんサトノ家の力を借りたわ。俗に言う虎の威を借る狐ってやつね。虎がサトノ家で狐が私」
「……まあいい、二つ目。そもそも俺のお見合い相手は華麗なる一族の令嬢だ。断じて君じゃない」
「ふーん……その人ってダイイチルビーでしょ」
「はっ? それは無い。100%無い。だって聞いてないしそんな話」
「噂をすればなんとやらね……この黒い車は」
家の安寧のためお見合いに出向く私。お相手はトレーナーと経営者という二つの顔を持つ辣腕家らしい。
「婚約で優秀な人材を引き抜く。今も昔も変わらないのですね……」
本音はお見合いなんてしたくない私。第一私には……
邪念を押し殺す私。一族の繁栄の為には時に、私情を捨てなければならない。分かっているはずだ。
年季の入った一軒家で降り立つ私。玄関の前には、黒鹿系のサイドテールが人の出入りを邪魔するかの様に居座っていて困惑する私。その子は腕組みながらこちらを睨みつけてきて再度困惑する私。
ひとまずアドリブで話しかけてみる私。
「サトノクラウンさんですね?」
「如何にも私はサトノクラウンよ」
「そうですか。では、私は急いでますのでそこを退いてください」
「私が退いたら、貴方は十中八九私のトレーナーを強奪する気でしょ」
「……どうでしょうね」
「財政界はサトノも含めて、婚約で優秀な人を囲い込んできた歴史があるからね。しらばっくれても貴方の魂胆は全部わかってるのよ。だから、死んでもここは通さないわ」
不退転のオーラをクラウンさんから感じ取って、この言葉は本気だと理解する私。これだけは使いたくなかったが、仕方ない。
「最終通告です。今すぐここを退いてください」
私の合図と同時に武器を持って周辺で隠れてた私の従者達が家を包囲した。やけにあっさりと包囲できて拍子抜けする私。拍子抜けした理由は単純、メジロの息がかかった者に邪魔されるとかそういうの一才無かったから。
「目視できるだけで12人かぁ。ダイヤトレがダイヤの黒服達に取り囲まれる時の気分をこんなとこで味わいたくなかったわ」(絶望感)
クラウンさんはおそらく、サトノ家の従者を一人も付けてない。一族と同格なサトノ家のお家柄上、護衛を付けない方針は取ってないはずだが……クラウンさんの焦りようを見るに本当に誰も居ないのだろう。
そんな危険を科してまで何故……
「けど、やるしかないわよね。トレーナーは渡さない。このくらいの逆境、跳ね返してやるわ!」
そうか、トレーナーさんとの時間を邪魔されたく無かったのか。
「皆様、武器を納めなさい。そしてお屋敷に帰りましょう」
「ル、ルビー様!? お見合いは……」
「お見合いは破談です。クラウンさんが玄関に居座ってる現状、どっちみち今日のお見合いは不可能です」
仮に彼を引き抜くことに成功しても、将来的に見てこちらが大損害を被る可能性が高い。であれば、こちらが退くのが吉だろう。
「ごきげんよう」
こうして私は帰路についた。車の中で今日の事を思い出して、私はクラウンさんのことが羨ましく感じた。
「私だって私のトレーナーさんと婚約……」
無意識に瞼から溢れた暖かい水玉が頬を伝って落ちた。
◇クラトレ実家
ダイイチルビーは何もせずに帰っていった。華麗なる一族の執念を知っている人からすれば信じられないと思うだろう。私も信じられない……殺されないまでも、てっきり半殺しにされちゃうのかと思ったし。
「よく分からないけど、何はともあれお見合いは阻止できたわね。それじゃ改めて、私とお見合いするわよトレーナー!」
手遅れダイヤと寝言が聞きたい純愛クラウン
自称変わり者の寝言。それを無性に聴きたくなったのは何故だろう。トレーナーだからなのか。それとも私の気まぐれなのか。
私のことなのに、分からない。
「薬の効果ちゃんと効いてるねクラちゃん! このあとどうしちゃおっか? 私がよく使ってる監禁にうってつけの廃工場あるけど、クラちゃんも使ってみる?」
「そんな物騒な事やらないわよ」
「なるほど、クラちゃんはトレーナー室でヤリたい派なんだ……」
「なんの話?」
トレーナー拉致のスペシャリストダイヤに協力を仰いだおかげか、何事もなくトレーナーを熟睡させるに至ったわけだけども。
「避妊だけはちゃんとしないとねクラちゃん!」
それはそれとして、ダイヤは一回、ダイヤのパパに叱られた方がいいと思う。あと、ダイヤのトレーナーも人権団体に駆け込んだ方がいいとも思った。
ダイヤの口から語られる断片的な情報だけでも、私から見たらダイヤとそのトレーナーは健全な関係にないように感じる。だってトレーナーを拉致して暴行を日常的に行ってるんでしょう? 絶対におかしい。
そうは思ったけど、この場ではその本音を口に出さなかった。決してダイヤのトレーナーを見捨てたわけではない。時期尚更だと思い至ったからだ。
後で私のトレーナーにダイヤのことを話そう。きっとあなたならこの問題の解決策を提示してくれるはずだ。
「ウーン、ウーン……」
「クラトレさんが起きそうだよクラちゃん! 襲う前に起きちゃうよ!」
いけないいけない、話が大分脱線してしまった。
現状を整理すると、トレーナーに睡眠薬を盛って、今は彼の寝言を待っている感じ。張り詰めすぎだから休んでほしいと考えて投与した面もあるけれど、少し罪悪感はある。
「う、うっ……」
「それにしても、うなされてるわね……もしかして、悪夢を見ているの? 身体が震えてるじゃない」
「ウーン、ウーン……」
「ありがとねダイヤ。私に強力な睡眠薬を教えてくれて。トレーナーはこのまま寝かせとくわ。寝言もウーン以外無さそうだし、そっとしておきましょ」
「ウーン、ウーン……うんこ」
(うんこかぁ)
「フフッ……」
「まさかうんこで笑う人がいるとはね。ダイヤは笑いのツボ小学生なの?」
トレーナーの寝言、『ウーン』『うんこ』←New
地味に期待していた寝言はまさかの何の面白味もない、『うんこ』それだけだった。
……うんこ? 何故うんこ? もしかして夢の中でうんこに追いかけ回されてるのかな。なんて悪夢よそれ。
◇
「トレーナーさんの下半身につける風船はここに置いとくねクラちゃん!」
「いらないわよ……」
程なくしてダイヤは退室していき、この部屋には私と就寝中のトレーナーだけとなった。
「ウーン、ウーン……」
気がかりなのは相変わらずうなされているトレーナー。眠ってから既に数時間は経ってるのに、熟睡できてないのだろうか?
トレーナーの手を握る。夢に直接介入できたらいいのだけど、今の私にはこれくらいしかできない。そんな自分がどうしようもなく、もどかしかった。
間の悪いことに外の廊下も騒がしくなってきた。『廊下の人達に喝を入れてこようかしら』そんな考えも私の中でチラつき始めたタイミングだった。
トレーナー室の扉が謎の男によって突如、破られたのは。
「クラトレぇぇぇ! 今ダイヤに追われてるんだよ。ここに匿わせてくれぇぇぇー!」
「なっ!?」
いやよく見てみると、トレーナー室へ侵入した人の正体はダイヤトレだ。
「うわぁぁぁぁぁぁ!? なになに、うんこ!? なにかうんこ降ってきた!?」
「うんこ降ってきてないわトレーナー! 落ち着いて……あっ。起きちゃった……」
「スマンクラトレ! ベット下借りるね!」
そう言った後、光の速さで簡易ベッドの隙間へ入っていくダイヤトレ。トレーナーの睡眠を妨害した挙句、この行い。
私の堪忍袋は静かに切れた。
◇クラウンは激怒した。必ず、私のトレーナーを叩き起こしたダイヤトレを除かなければならぬと決意した。クラウンはトレーナーが大好きである。それ故に、トレーナーを傷つける邪悪には人一倍敏感であった。
ピッ
「もしもしダイヤ? ダイヤのトレーナーは私のトレーナー室に居るわよ」
嫉妬シュヴァルと性癖ドブカスヴィブロストレ
最近、ヴィブロスにも念願のトレーナーさんがついたらしい。
「よろしくお願いします先輩!」
「お、おう。よろしく」
ヴィブロストレはモデルに出てそうなスタイル抜群の美女だった。そして現在、ヴィブロストレは挨拶と称して僕のトレーナーさんを芳醇な身体で誘惑している。トレーナーさんは誰のものかを知らないで、許さない。
否、そうだ。僕は既にトレーナーさんと婚約の約束してるんだ。心配しなくても大丈夫だよね。それはそれとして、あの女は危険だ。僕の勘はあまり当てにしてないけど、早めに排除しなきゃいけないかもしれない。
(アカン。さっきからシュヴァルの嫉妬オーラがオーバーフローしてる。今にもヴィブロストレを食べちゃいそうなくらいな圧力を隠しきれてない。早めに手を打たねば)
「ちょっと外で待ってて、ヴィブロストレ。担当が暴走寸前だからちょっとお話をね」
僕はトレーナーさんの動きに呆気に取られていた。トレーナーさんが一切の迷いなくヴィブロストレを部屋の外へ叩き出したからだ。ドアを閉めて流れるように僕に急接近してきたトレーナーさんは、どこか僕に呆れてるような、そんな顔を浮かべている。
「単刀直入に聞くけどさシュヴァル。さっき無茶苦茶嫉妬してたよな。それもヴィブロストレを殺したいぐらいには」
「も、もちろん。怖かったから……だって、NTR展開って大体こっから始まるしィ痛ったぁ!?」
いきなり僕の額にデコピンをしてきたトレーナーさん。ジンジンして痛い……
デコピンしてきたトレーナーさんは少しだけ不機嫌そうな表情で僕を見ながらこう言った。
「ぼくはこう見えてシュヴァル一筋四年なんだけどな。心配しなくてもさ」
「アウッ、一筋……で、でも……」
「気持ちは痛いほどよくわかる。けど、ぼくを信じてよ。第一ヴィブロストレはタイプじゃないし」
「分かりました。トレーナーさんを信じます……でも僕一筋かぁ、トレーナーさんが僕好きすぎて困るなぁエヘヘ……」
◇んで
紆余曲折あって、トレーナー室を舞台にヴィブロストレさんと雑談する流れとなった。そうは言ったが、ほぼほぼヴィブロストレさんの一方通行だったと思う。だって何話したらいいか分からないし、さっきので気まずいし。幸いにもヴィブロストレはベラベラ喋るタイプだったので、僕は相槌に専念することができた。
トレーナーさんはコーヒー作っていて不在。正直早く戻ってきてと願いながら相槌うっていた。
数分、僕にとっては体感数時間でトレーナーさんはコーヒーを手に持ち戻ってきた。これで負担が減ると心の中でほっとしている自分がいた。
「そういえば、君とヴィブロスってどういう経緯で契約したの?」
その件に関しては僕も気になっていたので、トレーナーさんの質問に僕も同調した。ヴィブロストレは左手の指を動かしながら考えた素振りを見せた後、こう答えた。
「そうですね〜。強いて言えば仄かなランドセルの匂いがしたからですね! 幼女の波動っていうかぁ」
「……ん? いま、なんて?」
「小学生にお胸がセットされてるの最高じゃあないですか! だから契約しました!」
場が凍りつくとはこのことを指すのだろう。予想外すぎる返答にトレーナーさんは目が点になって固まっている。僕は僕で、何を言ってるのか分からなくて、何も喋れなくなっていた。
そんな空気を知ってか知らずか上機嫌すぎるヴィブロストレは、聞いてない性癖開示までしながら喋り倒していた。
「闇サイトでポチ〜した小学生の髪を吸ってからあたしはモノホンを嗅ぎ回したいと思って今まで生きてきました! ああ、今すぐ通学路に飛び込みたい! 全裸で!」
「シュヴァル、こういう時って人殺してもいいんだっけ?」
凍りつくような低音ボイスでそう告げたトレーナーさんは既にポケットから鎖分銅を取り出している。ヤバい、青筋見えてるし今すぐ止めなきゃこの人なら殺りかねない。
「ま、待って。ダ、ダメですからね!」
「そうそうシュヴァルくん。ヴィブロスより年下な幼女ってまだいますか。いたら是非とも紹介してほしいです☆」
空気を読まない暴走機関車ヴィブロストレ。一周回ってまた嫌いになってきた。そもそもこの人は何を言ってんだろう。ヴィブロスより幼女って……
あっ嗚呼、そうか。やっと分かったこの人の本質。この人はおそらく小児性愛者だ。だから年齢と外見でヴィブロスを担当に選んだのだろう。ヴィブロスは本来ならやっと中学生なりたてぐらいだし。ヴィブロスより年下は小学生……
多分トレーナーさんも薄々察してるのだろう。この人は社会に放たれてはいけないガチ勢ということを。このままじゃヴィブロスの身が危ないということ。
どうしようと考えている間にもヴィブロストレの手によって、ものすごい勢いで話題が移り変わっていく。今度はトレーナーさんにちょっかいをかけていた。
「もし〇〇先輩に好きな人が出来たらあたしが手を貸しますよ!」
「猫の手を借りても君の手は絶対借りない。犯罪に手を染めそう」
「でもあたし、こう見えて付き合ったら絶対浮気しないし一途なんですよ! もし破局したら電車に突っ込んで死にます!」
「愛ほど歪んだ呪いは無いよ」
あっ、それは僕もトレーナーさんと別れたらそうするかも……
◇もう扱いきれないので割愛
結局、ヴィブロストレは約一時間ぶっ通しで喋り倒した末に勝手に満足して去っていった。
なんだろうな、嵐のような人だったなぁ……
「……これからどうするシュヴァル?」
「通報します」
「分かった。それじゃ自分は今から理事長に掛け合ってくる。その前にヴィルシーナへ話を通した方がいいかな」
「そうですね。姉さんはなんだかんだ頼りになるし」
(第六夜)枕があったので仮眠したら〜、シュヴァルの尻尾でした〜チクショー!!
こんな夢を見た。
江戸の怨霊『いゆかんちんちお』が栗毛寺の山門でシュヴァル像を刻んでいる評判を聞きつけ、行ってみると、既に大勢の人が集まっていた。
栗毛寺の山門は、フォークと野球ボールが不規則に飾られており、平成の世に作られた建物と思われる。
ところがシュヴァル像を見物しているのは、みんな明治の人間である。その中でもサトノクラウンが一番多い。キタサンブラックがまちまちで半数がクラウンだった。
クラウン達は『シュヴァルに似てるわね』と云っている。『人間を拵えるよりもよっぽど骨が折れるわよ』とも云っている。
そうかと思うと、『へえシュヴァルグランね。今でも木像って彫るのね。へえそうなんだ。私は木像なんてみんな古いのばかりかと思ってた』と自分の隣にいたクラウンがそう云った。
怨霊は見物人の視線を気にする様子は無く、ひたすらに鑿と槌を動かしている。高い所に乗って、シュヴァルの顔の辺りをしきりに彫り抜いていく。
自分はどうして『いゆかんちんちお』はシュヴァル像を掘っているのかなと思いながら、立って見ていた。すると自分の隣にいたクラウンが『シュヴァルは可愛いからね。きっと鑿と槌の力で木に封印されてるシュヴァルを掘り起こしてるに違いないわ』と云った。
シュヴァルは可愛い、最高、嫁にしたいという部分に共感しつつ、この時初めて彫刻とはこんなものかと思った。
それで自分もシュヴァルを掘ってみたくなったから見物を辞めて家へ帰った。鑿と槌を底無しの借金で買って、積んである薪を片っ端から掘ってみたが、シュヴァルは見当たらない。
ついに明治の木には到底シュヴァルは埋まってないものだと悟った。それで『いゆかんちんちお』が今日まで生きている理由もほぼ分かった。
◇
「うーん……なんか変な夢を見たな」
ぼやけた意識が戻ってくるうちに、後頭部にフサフサとした違和感を感じた。頭を上げてみると『ピャッ!?』という力無い微かな悲鳴が聞こえてきた。
声のした方を向いてみると、りんごのように顔面を赤く染めた涙目のシュヴァルグランがビクンビクンと身体を震わせている。視線はあらぬ方向を向いていた。
起きた時点でこの仮眠用ベッドの周辺に枕は無かった。近くにあったのはシュヴァルの尻尾だけ。状況的に自分がシュヴァルの尻尾を枕代わりに使ってたんだと瞬時に察し、無言で土下座の体制へ移行した。
ウマ娘の尻尾は非常に敏感な部位でデリケートである。それをぼくは少なくとも数十分の間、シュヴァルの尻尾を枕代わりにしていたと。大罪である。極刑物である。
「ぼ、僕は、トレーナーさんに、家族以外には触られたことない尻尾を……ウウッ。だ、だから、せ、せきにん……とってください」
「辞職します」
「……えっ? ま、まって。いや、ち、違……」
◇このあと小一時間、シュヴァルグランの必死の説得でトレーナーは辞職を踏みとどまった。
ぬいぐるみになったヴィルシーナを食べるシュヴァルグラン
気がつくと私は何の脈略も無くぬいぐるみになっていた。試しに手を動かそうとしたが、その意思に反してピクリとも動かせなかった。
(ふふっ、なるほどね〜意味が分からないことが分かったわ。もしかして新手の転生かしら? 『転生したらぬいぐるみでした』とかそういうの? てか声出せないし動けないしで不便だわ)
とりあえずこの身体じゃ何もできないので、ひとまずこの部屋には何があるのか。状況を私なりに整理してみることにした。
(この部屋……シュヴァルが使ってるトレーナー室に酷似してるわね。ていうか、あの書類まみれのデスクに突っ伏してるのは……シュヴァルのトレーナーさん、もとい義弟くんじゃない!)
つまりここはシュヴァルのトレーナー室で間違いないだろう。義弟くん居るし。それが分かったところで根本的解決はしてないが、大きな一歩だ。義弟くんなら何か知ってるかもしれない。
淡い期待を抱きつつ、私は義弟くんにありったけの声量を込めて助けてと言った。しかし、義弟くんはピクリとも動かない。
(あっ……そうだったそうだった。助けを呼ぼうにも、声出せないんだったわね……)
現状、打つ手無し。どうしたものなのか。
そもそもどうしてこうなったのだろう。そう疑問に思った私は前後の出来事を少しだけ思い出してみることにした。
◇
『タキオンさんの発明品、飲めば一瞬でぬいぐるみになる薬……やっぱり返品してこようかな。前使ってロクなことにならなかったし。1分間、ぬいぐるみ触り続けるだけで薬の効果切れるから使い勝手悪いし』
『遊びに来たよ〜シュヴァち〜!』
ヴィブロスは適当な理由をつけてシュヴァルをトレーナー室の外へ連れ出した。その隙に私は入れ違いの形でトレーナー室へ侵入。
『シュヴァルと義弟くんの進捗をこの目に焼き付けるため……しょうがないしょうがない』
私がここへ来た理由はシュヴァルの日常を間近で眺めたいというお姉ちゃん印の好奇心だった。もちろん、この部屋の何処かに隠れて陰ながら見守るだけ。
そんなわけで、どこに潜伏しようかなと部屋を探索していた私。そこで机にポツンと置かれていた栄養剤みたいものを発見する私。
『これは……栄養剤かしら? 見たことないわねこういうものは。せっかくだし一口味見味見っと☆ あれ……急に眠気が……』
◇
(それで私はぬいぐるみに変化していたと。全くもって意味がわからないわね。強いて言えば栄養剤が関わってる……?)
「ファァァァ〜ああ。ヤッベ、資料整理する前に寝ちゃってた。寝てたの30分くらいか」
ここでシュヴァルのトレーナーさんもとい義弟くんが夢の世界から目覚めた。その流れのまま私に目もくれず義弟くんは資料片付けに熱中していった。
それからしばらくして、背後から私がよく耳にする聞き慣れた声が聞こえてきた。少しだけ気怠げそうな声色だけど、間違いない。シュヴァルだ。
「はぁ……お腹が空いて力が出ない。あれは……肉まんだ」
シュヴァルがそんな言葉を溢したその直後、強烈な浮遊感と共に右耳へ強烈な電流が走った。これは、シュヴァルに抱き抱えられて耳を食べられてる……の!?
(ゔぁっ……なに……これ? 右耳を、シュヴァルに甘噛み……され、てるの? き、気持ち……いいわ)
◇ヴィルシーナは魅せられていた。シュヴァルグランの耳舐めの才能を。シュヴァルトレは見ていた。シュヴァルグランがぬいぐるみを食べている姿を。
「シュヴァル……これ、ぬいぐるみだよ。はい、肉まん」
「えっ……はっ! 僕、また間食癖でぬいぐるみを!」
◇シュヴァルがぬいぐるみを触った時間はたった45秒。それでも、ヴィルシーナの顔面と理性は幸福で崩壊していた。ぬいぐるみは肉まんとの交換でシュヴァルトレの手に渡った。
◇シュヴァルは余程お腹が空いていたのか、ホクホク顔で肉まんを無我夢中に頬張っている。そんな彼女をよそに、シュヴァルトレはヴィルシーナに似ているぬいぐるみを手に持った後、ただただ凝視していた。
(ア゙ッ゙…゙…゙ア゙ッ゙)
「なぁシュヴァル。自分このぬいぐるみ知らないんだけど、もしかして君のかい?」
「いえ、僕も知らないです……やけに姉さんに似てる気がするけど……」
◇そして、シュヴァルトレがぬいぐるみを触ってから1分が経過した。すると薬の効果が無くなりだした合図、ぬいぐるみから煙がモクモクと出始めて……
「なになに、火事か!?」
「トレーナーさん、なんか。ぬいぐるみから煙が出てるような……えっ?」
「ア゙ッ゙…゙…゙ア゙ッ゙」
◇ヴィルシーナは無事、ぬいぐるみからウマ娘へと戻ることができた。
「……何やってんだ、姉さん」
「ア゙ッ゙…゙…゙ア゙ッ゙……あっ」
「はっ? ぬいぐるみがヴィルシーナに変身したのか? どういうこと? しかもアヘ顔だし……なにこれ?」
◇その後、ヴィルシーナは自身のトレーナー室にて、二日程度引き篭もったという。
ゴルシT「打首獄門古代兵器が起動しただと?」
メジロ家に保管されていた『打首獄門古代兵器』それが今朝、ケーキを追いかけていたマックイーンの手によって封印が解かれてしまったらしい。
『打首獄門古代兵器』は危険だ。ウマ娘よりも速い時速80㎞で動き回り、さらに半径3m内に入ったすべての生物の首を瞬時に刎ねてしまう代物だからだ。しかも人間程度の知能も併せ持ってるときた。
現在、たまたま居合わせていたゴールドシップ達が止めようと頑張ってる。早く俺も向かわねば。
◇メジロ家屋敷
「悦べ雑魚ども、我がギロチンで散華する栄誉をやろう」
屋敷に駆けつけた俺に待っていたのは底無しの恐怖だった。この兵器、見た目こそサイボーグ人間だが両手は鋭利な刀になっている。近づいたら殺される。近づかなくてもウマ娘以上のスピードで近づかれて殺される。
「わりぃ、俺死んだ」
「いい気になるなよ! ギロチンはお前の専売特許じゃねえ!」
ここでゴールドシップが動いた。変な呪文を唱えだすと同時に空から大量のネギが屋敷内に降り注いでいく。
「ワカメもいるよ!」
「真面目にやれぇぇぇ!」バキッ!
「なんで俺ぇ!?」
ゴルシTのラリアットをモロに貰い、俺は地に伏した。
「よくもマクトレを傷つけたな! 許さん!」
激昂したゴルシTはそう啖呵を切り、兵器に向かっていく。
「フハハハハハハハハ! 我には向かってくるか! 面白い、ならば敬意と共に我が絶技を披露しよう!」
◇その瞬間、打首獄門古代兵器『かまいたち』を発動。三本の飛ぶ斬撃が屋敷を三枚おろしに切り裂いた。ゴルシTは光の速さで兵器側へ寝返った。ゴルシTはボコボコに殴られた後、マクトレを達がいる場所まで蹴り飛ばされた。
「おい兵器! お前の蹴りに怒りが見えるぜ。話してみなお前の過去を!」
「はぁはぁ……」
◇
これは我がサイボーグになる前の話だ。
「浸りすぎ!」
「ゴブァ!?」
兵器の回想すっ飛ばして躊躇なくドロップキックしやがった!?
防御が間に合わず、大量のオイルを撒き散らしながら吹き飛んでいく兵器。ゴルシのドロップキックをモロに食らったんだ。これは間違いなく致命傷だろう。
俺は虫の息状態である兵器にゆっくりと近づき、腕の縫い跡を見せた。
「兵器よ。この傷を覚えているか?」
「そ、それは!」
「今、ケガした」
ケツとバストがデカい女が好みのヴィルシーナトレと、しれっとシュヴァルトレを追跡してるシュヴァルグラン。それらを憂鬱な表情で見守るヴィルシーナ
担当の妹、シュヴァルグランがジャパンカップで悲願のG1初勝利をもぎ取ってしばらくした頃。担当の計らいでシュヴァルトレに会う機会に恵まれた。
「もしかして義弟くんにも例の質問するのかしら? 私としては恥ずかしいからやめてほしいんだけど」
「いくらヴィルシーナの頼みと言っても無理だ! 女の好みがつまらんやつは大抵つまらん奴だからな。はっきりさせとかねば」
俺のモットー。初対面相手にはまず女のタイプを聞くんだ。友情を深め合う前に見える地雷は取り除かねばならないからな。例えば『わちしを愛してくれる人が好きだえ〜』とほざくやつは論外。顔がタイプだからと答えるやつは大体つまらん奴だ。
「ちなみに俺は尻と胸がデカい女が好みデス!」
「はいはい。やっぱり貴方にはヴィブロスを近づけさせないことにするわね」
「どうしてそんな酷いことするんだ!」
「うるさいわね、浮気未遂セクハラ常習犯! 第一私でいいでしょう。貴方の希望通り胸あるわけだし」
「尻はないだろう!」
「ついに言ったわね。私が持ってなくてヴィブロスだけ持っている禁忌の単語言ったわね! カチンときたわ、夕ご飯の生姜焼き抜きにしてやろうかしら」
「それは勘弁してくれぇ〜マイハニ〜」
「バカな事やってるうちに来たわね。今回の主役がね」
ヴィルシーナの言う通り、下半身だけやけに筋肉質な青年がこちらに近づいてきていた。
「ヴィルシーナのトレーナーさん。初めまして、シュヴァルトレです」
「この子がシュヴァルのトレーナーで義弟くんよ」
ヴィルシーナが男の肩にポンポンしながら、まるで妹の結婚相手みたいな紹介をしている。
「まだ義弟じゃないし。何回やるんだこのくだり」
「ほら、ぼさっとしてないで貴方も挨拶しなさい」
ていうかなんなんだコイツは……この男、無茶苦茶色気っぽい。並の女だと数日この男と屋根の下で過ごすだけで落ちるくらいの破壊力を感じる。ただものでは無い。
「ところでシュヴァルトレくん。お前はどんな女が好みだ! 男でもいいぞ!」
「えっ、なんで?」
「私のトレーナーさんの悪癖よ。気にしないで」
「この色気で多くの獣を喰らってきたのだろう? さあ、本性を表すのだ!」
「怖っ、なんだコイツ。えっと、よく分からないですけど強いて言うなら……闘志を持った負けず嫌いな子が好きですかね? 身体的な話だったらウーン……胸?」
「なん……だと!?」
その刹那、俺の脳内にコイツとの甘酸っぱくて楽しかった青春の思い出が洪水のように溢れていく。心のどこかで退屈していた我が魂がいま、動き始めた。
◇
『おめでとう。これでお前も正式なトレーナーだ!』
『これからもよろしくお願いします先輩!』
『先輩先輩! なんか重賞取った娘が近々そのトレーナーと結婚するらしいよ!』
『またか。今年何件目だ?』
『5件目ぐらいかなぁ。まっ、少なくともぼくや先輩は関係無い話だろうし。それがなんだって話だけど』
『関係ある側に俺もなりたい! だから、今からヴィルシーナちゃんに告白してくる!』
『ええっ、先輩を慰めるのぼく嫌なんだけど』
『……なんで振られる前提なの?』
『ごめんなさい。私にはヴィブロスが居るの』
『……(茫然自失)』
『言わんこっちゃない……』
『そういやさ。なんでお前はトレーナーを志したんだ?』
『昔、ヴィルシーナさんにも同じこと聞かれたよ。きっかけはなんだろうな。幼稚園の時にさ、胸がデカくてショートヘアーなお姉さんのウマ娘さんに遊んでもらった事あるのよ。それを拗らせてここまで来ちゃった感じかな』
『ヴィルシーナに聞いた話とほぼ同じ返答だな。さてはお前、初恋が忘れられずに担当も性癖で選んだ口だろ』
『ない。100%な、無いし!」
『故意か無意識かは置いといて。ま、かくいう俺もお前と同じだけどな』
『今のところ作戦通りにいってる。キタサンのマークを最後まで徹底的に……いけっ、直線でぶち抜えぇぇぇ!』
『やったぞブラザー! お前の担当がNo.1だ!』
『……うわぁぁぁぁぁシュヴァル!』
『お前が泣いてどうする……ほら、早く担当のとこへ行ってやんな』
◇存在しない記憶
溢れる記憶を一心に受け止めた俺は静かに絶頂した。そのまま、マイブラザーシュヴァルトレと熱い抱擁を交わした。
「お前は俺のマイブラザー!」
「ぬあぁ、むさ苦しい!」
「これから俺のことをお兄ちゃんと呼べ。にぃにでもいいぞ。てかにぃにで呼んでほしい!」
「ちょ、まだ会って数分なのにマイブラザー判定早くない!?」
「トレーナー志した理由も同じとか俺たち仲良しかよ〜」
「はあっ? ちょっと待て、それはヴィルシーナにしか言ったことないんだけど」
「ああ、数年前ぐらいに話しちゃったことあった気がしなくでもないわね。最近だと、シュヴァルにも昨日話したかしらね」
「おい2人だけの秘密にしようって……ちょっと待て、シュヴァルにも話したの? 一番話しちゃダメなとこだろそれ」
◇シュヴァルトレ視点
朝っぱらからヴィルシーナに呼び出されたと思ってたら、頬に斬り傷跡を持った大男に抱きつかれていた。敏腕トレーナーに会えるとの触れ込みで来たはずなのに、どうしてこうなった?
ひとまず、関節を外したりしてむさ苦しい抱擁から脱出。大男はどこか残念そうな顔でぼくを見つめている。『まだ抱きしめたりなかったのに』とボソッと呟きながら。
ひとまず、ヴィルシーナを大男に会話が聞こえないくらいの場所へ引っ張り、あの大男について問いただしてみた。すると意外な答えが返ってきた。
「あんなのでも私のトレーナーさんで貴方の会いたがってた敏腕トレーナーよ」
「ヤバそうな大男がヴィルシーナのトレーナー!?」
「そんな驚くこと? 私的には有名な話だと思ってたのだけど。あと、そこのゴミ箱に隠れてるシュヴァル」
ヴィルシーナが指差した方角には自販機が一つ。その近くにあるやけにデカいゴミ箱から、シュヴァルが蓋を開けてこちらを覗いていた。
「私のトレーナーさんは賢者モードで無害だし、そろそろ出てきてもいいんじゃない?」
「なんで姉さんにはバレるんだろ」ガコンッ
「ええっ、いつからシュヴァルここに……」
「いつからかは分からないけど、少なくとも貴方が来た時にはその背後でコソコソストーカーしてたわよねぇ。シュヴァル?」
担当のシュヴァルには、ヴィルシーナに会う事しか伝えていないはず……そういえば昨日『なんでトレーナーさんは姉さんと2人で会う約束してるんですか!? やましいこと無いなら僕も連れてってよ!』とか言ってたような気がする。
合点がついた。シュヴァル嫉妬→シュヴァル不安→掛かりストーカー。そういえばシュヴァルも独占欲強いウマ娘だったな。
「まったく、義弟くん絡みになると視野狭窄になる悪癖なんとかならないのかしら」
自分がロジカルシンキングしてる最中、シュヴァルは普通にヴィルシーナに延々と叱られていた。当のシュヴァルは安堵の表情を浮かべて俯いている。
「まあまあ、ヴィルシーナさん。拉致とか監禁とか盗聴盗難、勝手に婚約届け役所に届けられるより遥かにマシな部類だから」
「……貴方も大変なのね」
「無理矢理結婚させられた先輩方に比べたら恵まれてるよ。なによりお互い早い段階で両思い認識できたのがデカい。きっかけを作ってくれたヴィブロスやデジタル先生には感謝しかないよ」
◇中略
このあと、ヴィルシーナのトレーナーは賢者モードから脱したと思ったらまたぼくに抱きついてきた。それを複雑な表情で見てくるシュヴァル。深いため息を吐くヴィルシーナ。
「なんかこの人、イカ臭くない!?」
「もしかして姉さん……この怖い大男って同性愛者だったりする?」
「なわけないでしょと言い切れないのが怖いわね。トレーナーさん。わ、私一筋よね?」
「おっ、マイブラザー! ケツはしっかりあるじゃねぇか!」
「ひいっ! 今すぐトレーナーさんを助けたいのに……大男が怖い……でも、行かなきゃ。トレーナーさんは僕のだって大男にわからせなきゃ……」
「シュヴァルステイ!? 野球ボール手に取って何する気よ!?」
こうしてヴィルシーナトレとの初顔合わせは自分と、一打席勝負を挑みホームランを打たれたシュヴァルにトラウマを残して終わった。