クリスマスイブ、シュヴァちはクラッちとカラオケ屋に、私はシュヴァちのトレちと一緒にコンビニ巡りしていた。
「ショッピングもね☆トレち〜!」
「勿論行くよ。最近できたホテルの中にある服屋だよなOKOK」
コンビニ巡りと言っても何もむやみやたらに回るわけじゃない。今回は私の真の目的であるショッピングの道中にあるコンビニだけ巡る予定である。
「一応聞くけど、シュヴァちのトレちは肉まんを探してるんだっけ?」
「勿論、だから君を呼んだんだ」
コンビニの肉まん。なんの変哲もない普通の肉まん。でもトレちにとってはわざわざコンビニ巡りするほど重要な食べ物らしく。本人曰く、『かぶりついたときのフワフワ、パフパフしたパフ感が感じられて良い。思わずアチチとつぶやくアチ感も気になるし、肉まんの深奥部からもれてくる、旨みをシュヴァルと共有したい』らしい。
「いいんだけどさ、なんで私なの? クラッちとかキタっちとかいるじゃん」
「シュヴァルが買ってる肉まんのありか知ってそうな人で最初に浮かび上がってきたのが君だった。キタサンは口が発泡スチロールみたいに軽そうだから無し。クラウンはシュヴァルと一緒にカラオケ行っちゃったしね」
「お姉ちゃんは?」
「それも考えたんだけどさ。彼女、最近僕のこと義弟呼びするし、シュヴァルと早く結婚しろオーラ出して圧かけてくるから嫌なんだよなぁ。それにヴィルシーナはヴィルシーナでトレーナーと鍋パするんだろ? 邪魔しちゃいけない」
そんな会話を車の中でしていたら、もう最初のコンビニに到着していた。
◇
「なぁヴィブロス。クリスマスの飾り付けにしちゃあ、過激だよな。頭蓋骨とか磔獄門罪人が飾り付けされてるけど」
「コンビニ……? お化け屋敷じゃなくて?」
一目見て『ああ、ここら辺って治安悪いんだなぁ』って察しちゃうくらいにはインパクトある外装だった。壁には血痕らしきものが多数あるし。おまけに入り口前にはモヒカンの人達がキセル吹かせているし。
「わけ分からんぽ江戸川乱歩」
「えっ、シュヴァルはこのコンビニで毎回肉まん買ってるのか?」
「えっ、ウーン……どうだろう?」
薄々トレちも分かってるだろうけど、絶対違うと思う。シュヴァちがこのコンビニに入ってる姿を想像できないし、性格的にも無いかなぁ。
「なんか雰囲気怖いし、ここ入るのやめとくか……グッ!?」
「分かったけど……大丈夫?」
トレちの提案に乗りこのコンビニは入らない事が決定した。ひとまず車の中で暫く休憩したあと、先にショッピングへ行こうとトレちと方針を固めた。
でもさっきからトレちの様子が変だ。なにやら深刻そうな顔で腹を抱えている。
◇長期運転、シュヴァルと一緒に食べた朝食、ヴィブロスと寄ったドライブスルー、コンビニ、うんち、シュヴァルトレーナーの肛門はもう限界を超えていた。
「グォあ゙あ゙、うんち漏れそぉぉぉ!」
「シュヴァちのトレチ〜、『うんち』はカッコ悪いよ〜そこは『うんこ』でしょ!」
「ツッコむとこそこ? あ゙あ゙、自分はもうダメだ。暫くトイレに篭るからぼくの代わりに肉まんを買ってくれぇぇぇー!」
そう言ったあと、トレちは禍々しいコンビニ内のトイレへ駆け込んでいった。
「仕方ない。シュヴァちのトレちのお願いだし〜。さっさと買おうっと」
幸いにも店内は比較的まともで、シュヴァちがいつも食べている肉まんはレジの隣の保温機に置かれていた。私は1000円を支払って肉まんを買った。
買ったはずだった。店員は一向も動く気配を見せず、ただただ時間だけが過ぎていった。
「あのぉ〜肉まんはまだ〜? 800円のお釣りは?」
「お釣りとレシートはわちしの懐に入るシステムだえ〜! ていうかわちしはまだお金貰ってないからよ。はよ1000円だせい!」
肉まんは出てこないし、出した1000円は店員の懐へ消えていった。お釣りも返ってこない。つまり、1000円を店員に盗まれてしまったと同義だろう。そうと決まればやることは一つ。私は開口一番、こう叫んだ。
「おまわりさ〜ん!」
「呼んでも無駄だえ〜嬢ちゃん。この店の監視カメラは全部壊してあっからよ、不正も証拠も全部パァだ! 残念だったなぁアヒャヒャヒャヒャ!」
「てことはよぉ〜、この店は万引きしても証拠ねぇから無罪ってことだよなぁ!」
「いゆかんちんちお! いゆかんちんちお!」
店員が高笑いを始めたのとほぼ同時、二人組の覆面が銃を引っ提げて入ってきた。そして私は何故か『いゆかんちんちお!』と喋るやつに銃を頭に突きつけられていた。状況を一切飲み込めてないけど急にお腹が痛くなった。
犯人の要求はうまい棒だった。店員はあっさりと口を割り商品の在処を教えた。犯人は礼を言って、うまい棒が有る棚に向かって消えた。
「いや、これは流石におまわりさ〜ん案件でしょ!? 万引きだよ! 捕まえなくていいの!?」
「別に万引きぐらいよくね? わちしの財布を盗まれてるわけでもねぇしのう」
「もうこのコンビニ怖い〜」
結局、肉まんは買えなかった。
「はぁ……私の1000円」
「ごめんな、ぼくがトイレ行ったばっかりに。代わりと言っちゃあなんだけど、お洋服何枚選んでもいいからさ」
顔色良くなったトレちと私は銃で殺されることなく、ホテル内蔵型ショッピングに来ていた。
「この服屋の後、気を取り直して2件目に行くぞ!」
「まだ行くのトレち〜。もうよくな〜い?」
◇一方その頃、シュヴァルはというと。
「トレーナーさんとヴィブロスは今も服屋に居るのかな」
「嫉妬顔が前に出てるわよシュヴァル」
今日はクリスマスイブ。僕とトレーナーさんと、正真正銘二人きりで一夜を迎える初めてのクリスマス。そんな日に僕は、朝からクラウンさんとカラオケを楽しんでいた。
「トレーナーさんと一緒に過ごす夜がこれから待っているんだというワクワク感と、そんな日なのになんで僕を差し置いて朝からヴィブロスとお出かけ行ってるんだ僕でいいだろという感情が渦巻いてるだけなんで、気にしないでください」
「シュヴァルのトレーナーに対する重い感情を共感できてしまう私がいる」
今日のハイライトというか個人的に印象が残ったのはクラウンさんが最初に歌ってたアレ、NTRの実体験を元にした曲だった。なんだろう、色々と心にくるものがあったなぁ。この曲は端的に実の兄弟に彼氏を取られて苦しいという内容だった。
トレーナーさんとお付き合いしてる身だからこそなのか、浮気とか略奪愛とかの単語に敏感になってる僕がいる。
はぁ、トレーナーさんを信用できてない自分が心底嫌になる。トレーナーさんと僕らゾッコン、純愛なのは確信してるのに。
あとトレーナーさんに近づいてくる女性全員、トレーナーさんを狙いにきてるように見える現象はなんなんだろう。全員敵に見える僕が怖い。いつから僕は醜く嫉妬深い存在になっちゃったんだろう……
「シュヴァル? シュヴァル聞こえてる? 電話なってるわよ」
「えっ? あっ、姉さんからだ。ちょっと外出ます」
〜中略〜
『今頃義弟くんとヴィブロスはホテル(内にある服屋)楽しんでるのかしら。お土産楽しみねシュヴァル』
外の空気を吸いながら姉さんと話していたら青天の霹靂が僕を襲った。僕は耳を疑った。
(えっ……? ヴィブロスと僕のトレーナーさんがホテルに……? なんで、ホテル、二人で……まさかラブホテル!? そんな、ヴィブロスとトレーナーさんは洋服店に行くって、昨日の話は嘘だったの?)
そうだ……昨日柄にもなくトレーナーさんと一日中側にいたいと懇願してあっさり断られちゃったのも、ヴィブロスと二人きりになるため……
そうか……そうだったんだ。
おそらく、NTRなら少ししてヴィブロスからテレビ電話がかかってくるはずだ。僕が手出しできないホテルの中で。そして『イエーイ☆シュヴァちのトレちは今日から私のものになったから〜そこんとこシ☆ク☆ヨ☆ロ☆』と、ヴィブロスはそう言ったあとトレーナーさんと……
(そ、そんな……ま、待ってトレーナーさん! ぼ、僕を捨てないで……)
それから僕は、クラウンさんが来るまで一歩もここから動けなくなった。足元が揺らいで、立っていられるのが精一杯だった。
「トレーナー……さん、ヒグッ……ぐすっ」
◇
「冬ダイビング用の装備とか買えたし、護身用の鎖分銅も新調した。それはそれとしてだ」
「分銅鎖なんて何処で使うの?」
ホテルに洋服店がある珍しいタイプのショッピングを巡った後、帰り道で寄った2件目はごく普通のコンビニだった。よかった、この地域は治安悪くなさそうだ。
「ひったくりよー!」
前言撤回、ここも治安悪い。
「うわぁ〜!? トレちなんかひったくり犯ナイフ持ってる〜! トレち……?」
私が目を離した一瞬で既に鎖分銅をグルグル回してたトレち。それを見て尚、犯人はナイフを手に持ちトレちに向かってきた。
犯人のナイフがトレちの射程内に入ったタイミングでトレちは仕掛けた。ナイフを遠心力で弾き飛ばし、その勢いのまま分銅が犯人の股へと回避不可能なスピードで向かっていく。
◇数年前•道場
『〇〇くんはこの分銅でどの部位を狙いますか?』
『股間』
『その理由は?』
『1番デケエ悲鳴が聴けそうだから』
『合格だ〇〇くん。君ならウマ娘達や大事な人を守れる』
◇
大事なとこに分銅がクリティカルヒットした犯人は町中に響き渡るくらい大きな声を出してガクガクと脚を鳴らした後、泡を吹いて倒れた。
私は思わず拍手した。
「分銅童貞喪失だぜぇ……」
「決め台詞ダサ」
「えっ?()」
こうしてトレちの活躍により犯人は警察へと引き渡され、お姉ちゃんの荷物も無事戻ってきた。
「連絡先交換しましょう!」
「はぁ、まあいいですけど」
そういうとこだぞトレち。無自覚女誑し属性。
犯人撃退したところまではいいけど、彼女いるのに他の女性と連絡先交換はありえないと思う。多分このお姉ちゃん、トレちに気あるし。
数年間の片思いを末に最近やっとシュヴァちのトレちとそういう関係になったシュヴァち。これ見てる〜? クラッちとカラオケ行ってるし、見てるわけないか。
シュヴァちのトレちは現在、女性に言い寄られています。不安因子がいっぱいなシュヴァちには同情するよ。
……目的を忘れたけてたけど、このコンビニの肉まんは売り切れだった。
◇一方その頃
「ヘックシッ! ウゥッ、今日は寒いわね……シュヴァル元気なさそうだったし、ヴィブロスと義弟くん大丈夫かしら……三人とも風邪引かないといいけど……」
「鍋できたぞーヴィルシーナ!」
「ワーイ☆」
◇ヴィルシーナはコタツに包まっていた。
「ここになかったら今日は諦めて、後日改めて別方向のコンビニ攻めるよ」
「勝手にしたら〜。ていうかここ、学園に1番近いコンビニじゃん」
今日最後のコンビニ、3件目は隣にカラオケ店があった。
「……灯台下暗しとはこのことか。考えてみたらそりゃあそうだ。もし肉まんをわざわざ遠出のコンビニで買ってたりしたら、ウマ娘の脚とはいえトレーナー室に来る頃には冷めてるはず。シュヴァルが持ち込んでくる肉まんは毎回ホカホカだった。これは期待できるかも!」
こうして意気揚々とトレちはコンビニに入っていった。数分後、満悦な笑みを浮かべたトレちが袋片手に出てきた。
「ありがとうヴィブロス。今日付き合ってくれたおかげで、やっとシュヴァルの肉まんが買えたよ〜。今日はもう満足だ」
「まだ満足するのは早いよトレち〜! 夕方からシュヴァちがトレちに遊びに来るんでしょ〜!」
「そうだな今日はクリスマス。今日は本当にありがとう!」
よかったぁぁぁ。私はホッと胸を撫で下ろした。これで私の役目も終わりだ。肉まんに振り回されずにすむ。
これからの予定はどうしよっか、お姉ちゃんとそのトレちがいるアパートに乗り込もっかなと考えていたそんな時だった。クラッちから電話がかかってきたのは。
「クラッち〜どうしたの! うん、ん〜? え、今日何処にいってたって? ホテル(の中にある服屋)に行ったよ〜? うん、シュヴァちのトレちとだけど。ヒィ……ト、トレちは隣にいるよ〜えっ? こ、このまま待っとけ? ……切られちゃった」
「なんか顔面蒼白だけど大丈夫? 誰から電話かかってきたんだ?」
「ええっと、クラッちから……トレちもここで待っててと……」
「クラッち? ああ、クラウンか。どうしたんだろうね」
正直言うと怖かったぁ……なんかクラっち、凄い放送禁止用語連発してたし。
私なりに解釈してさっきの会話要約すると、シュヴァちを泣かせた容疑で私とシュヴァちのトレちが有罪になってるらしい。心当たり無いのにどうして?
それにしてもクラッち、電話越しでも分かるぐらい怒ってたな……特にトレちのヘイト凄かった。電話で殺されちゃうかもと思ったのは初めてだった。
◇10分後
目元が酷く赤いシュヴァちが、今にも倒れそうな状態でボーと突っ立っていた。クラッちはその後ろで仏のような冷たい視線を私達に向けていた。
「ヴィブロス! アッ、ト、トレーナー……さん」フラッ
私達を見るとすぐにシュヴァちは後ろから倒れていった。地面とシュヴァちの頭はゴッツンコしなかった。トレちが素早く回り込んでシュヴァちを抱き抱えたからだ。
「だ、大丈夫……じゃなさそうだな。何があったんだシュヴァル……」
「貴方の胸に聞いてみたらどうよ。女誑しめ」
普段のキャラからは想像つかないくらい冷酷な声でクラッちはトレちに言い放った。てかなにこれ、今の発言強盗に銃突きつけられた時より怖いんだけど、なにがあったんだろみんな。
「……そうか、分かった懺悔するよ。実は今日一日、シュヴァルがいつも食べてる肉まんを探してました。君と同じものを食べてみたかったんだ。気持ち悪かったよな許してくれ」
「引っ叩くわよ本当に。はぐらかさないでほら、他にも心当たりあるでしょ。不倫とか、NTRとか」
「バカを言え。ぼくはシュヴァル一筋だぞ。少なくともシュヴァルと担当契約結んでから今まで。ていうか不倫ってなんだ、誰がやったんだ」
「シュヴァルトレ」
「冗談も大概にしろよこのやろう」
トレちはあらぬ疑いをかけるクラッちに堪忍袋がキレたのかついに怒った。クラッちと同じくらいの勢いでキレた。放送禁止用語たくさん吐いていた。
私とトレちはコンビニとショッピングに行っただけと、今日買った物を開示したり説明したらなんとか誤解は解けた。
そういえば『ホテル内のショッピングに行った』と言ったあたりでクラッちは目を見開き、シュヴァちはホッとした表情になってたなぁ。もしかして原因はそれだろうか? この文章内にどこに問題要素あるのか私には分からないけど。
「シュヴァルさん? ちょっとここまで強く引っ付かれたら動けないんすけど……」
「嫌だ。トレーナーさんはすぐどっか行っちゃうし、もう離れない……今まで何回僕はトレーナーさんに泣かされてると思ってるんだ」
シュヴァちは嗚咽しながらひっつき虫の如くトレちの身体にひっついていた。
気まずい空気を察した私とクラッちはお互いにシュヴァちとトレちを見詰めたあと、この場を去った。
まだ昼頃なのに、今日は濃厚な一日だったなぁ……
「……分かった。このあとぼくの家に行こう。そこで一緒にクリスマスを迎えるんだ。シュヴァルと二人でね」
「……うん、うん!」
「お客様、コンビニの前でイチャイチャするのやめてくれますかね。迷惑です」
「……さーせん」
「……すみません」