既視感を感じるけどそれはそれとしてトレーナーが切羽詰まりながら書いたかもしれな
トレーナー室の机の上にシュヴァルグランへという手紙が置かれていた。トレーナーさんは朝から不在。この展開、前にもあったなと懐かしみながら手紙の中身を見る僕。
『シュヴァルグランへ
シュヴァルがこれを読んでいるということは、自分はもう学園には居ないということでしょう。ぼくはぼくの主張を貫くための旅に出かけています。危険な旅路、命の保証は何処にもありません。でも大丈夫、シュヴァルはぼくが居なくてもやっていける強い子だから向こうでもシュヴァルのことを思ってるよ。暫く、さようなら』
「……なんで偶に、スマホじゃなくて手紙で伝えてくるのかな。しかも昔の僕だったら絶対勘違いしそうな内容だし」
数年前、手紙が原因で学園総出の騒ぎになったのをトレーナーさんは忘れてしまったのだろうか?(緊急事態を匂わす置き手紙がポツンと置かれていた•より)結局あの後、漁船に乗ってるトレーナーさんを見つけて事なきを得たけど。
ひとまず、スマホに内蔵されているGPSを使ってトレーナーさんが何処にいるか覗いてみた。
「……えっ、ここは……ホームレスの街!? 暴力を仕事にしている組織が密集している日本一治安が悪いスラム街。なんでトレーナーさんがこんな場所に……」
その刹那、トレーナーさんが怖い人達にボコボコにされている風景を僕は想像してしまった。あり得ない妄想のはずなのに自然と身体が震え、冷や汗が止まらない。一縷の望みを賭けて、僕はおぼつかない手でトレーナーさんに電話をかけた。
「……そんな、繋がらない。いつもなら3コールも無いうちに繋がるはずなのに……」
いや、まだ僕の早とちりかもしれない。こんな時こそ冷静に、少し前トレーナーさんに貰った合鍵を使って家に向かおう。たまたま、スマホだけホームレス街に流されてしまっただけかもしれないし。案外、トレーナーさんは自宅にいるかもしれない。
◇トレーナーが住んでるアパート
無人の家の床に情けなく座り込んだ僕は、己の無力さにただただうちひしがれていた。
「い、いない……どうして……」
アパートに向かってる最中も、トレーナーさんが事故に遭ったとか、通り魔に刺されたという空想をしてしまい僕の精神力は終わりかけていたのに。最後の望みすら呆気なく打ち砕かれてしまった。
「そ、そうだ。キタさんに相談したら……なんとかしてくれるかもしれない」
トレーナーさんの事になると1人で抱えて悩んでしまう癖を姉さんに指摘された在りし日。その事を土壇場で思い出した僕は、藁にもすがる思いでキタさんに電話をかけた。
『シュヴァルちゃん? えっと、電話越しでも分かるぐらい息荒いよ? 大丈夫?』
「ぼ、僕のトレーナーさんが……怖い人達の街でボコボコにされていて……」
『えええっ!?』
◇
「あんちゃん、ホームレスになりたてかい? それか、誰かに追われてるのかな?」
「まあ、そんなとこです。理事長とかいうチーム作れbotに追われています。シュヴァル以外担当持つ気ないのに、しつこいんですよね。ムカつくんで今日明日はこの街で雲隠れするつもりです。スマホの電源も切りました」
◇シュヴァルトレは理事長の追跡から逃れるため、ホームレス街に身を潜めていた。
「上層部に喧嘩を売る骨の太い奴は久々に見た。しかし、それをちゃんと担当に言ったのかい?」
「ちゃんと置き手紙で伝えてますよ。そういやいつ帰ってくるかとか、大事な情報書き忘れたかも。まあ、大丈夫か」
◇同時刻頃、色んな一族、警察を巻き込んで学園内は大騒ぎになっていた。
「シュヴァルは尊い! 美少女!」シュヴァル「エヘヘヘヘ」デジタル「はよ付き合え」
ある休日。
とある方とシュヴァルの尊みを語り合うため、音楽室に来ていた。そのとある方はデジタル先生だ。
デジタル先生とは、とあるコミケで出会った。その時の先生は絵師顔負けレベルのヴ姉妹同人誌を売っていて、それを見つけたぼくが即決で三冊購入。そこから意気投合して、定期的に尊みを分かち合う会合を秘密裏に開いているというのが事の顛末。
「もたねえよぉ〜、なんなんあの美少女。何回も言うけど『僕』はあざとい。可愛さで理性が飛びますわ。定期的に吐き出さなきゃ決壊するわこれ……」
「溜まってますねぇ〜トレーナー殿〜! ではでは、デジたんと存分に語り明かしましょう〜!」
ぼくがシュヴァルの愛を存分に語り明かし、デジタル先生がそれを活かして本やイラストを書いたりノートにシュヴァルのことをメモったりするという気が狂ったような光景を毎回繰り広げていた。
今だけシュヴァル限定ウマ娘限界オタクの一人として、同志に洗いざらい尊みを放出する気分は最高のひと時であった。
◇
「クソッ、勝たせてやりてえG1勝たせてやりてえよ〜! ……入着何回か入ってる今だけどさ、シュヴァルはあくまで一位だけ目指してるから。自分ももっと頑張らねぇと」
「トレーナー殿とシュヴァルさんならきっといつかチャンスは来ますよ。でも、頑張りすぎて体調崩したら元も子もないですからね。トレーナー殿が倒れたら悲しむのはシュヴァルさんですから」
あらかた語り終えた後、最近は自身の苦悩を話す、言わばカウンセリングみたいなこともお互いにここでしていた。自分はシュヴァル本人に言えない事かつ、あの姉妹に話すのもどうかという内容。デジタル先生は、創作スランプが主だ。
「そうだ! トレーナー殿、あたしにネタ提供頼めますか! 例えば、最近嬉しかったこととか!」
「嬉しかった事かぁ。初対面の時、まともに会話出来なかったヴィブロスと会話できるようになったことかなぁ。最近は『早く義兄ちと呼ばせてよ〜』とか、『シュヴァルを選んだなら男を決めて正式に付き合え〜!』とか言ってきたりさ」
「……ん?」
さっきまで忙しそうにノートへ振るってたペンの動きをピタッと止めたデジタル先生。さっきのぐへへ顔はどこへやら、まるで鳩が豆鉄砲を食ったような表情になっているように見えた。
◇
「……なるほどなるほど、ついでにヴィルシーナさん絡みのエピソード教えてくれてもいいですかね……?」
「ヴィルシーナは無言で結婚届や温泉旅行券、果てにはプライベートビーチ貸し出し書類を手渡してきて大変なんだ。あと、ぼくのこと義弟呼びするようにもなった」
「妹さん、お姉さん全力で外堀埋めに掛かってますねぇ。よき、それも良き!」
気を取り直したあたしは再びノートにネタを書き込んでいく。そういやさっきの『担当と結婚するのは珍しくないから男決めろ』という同期トレの名言、良かったなぁ。その前は『シュヴァルグランの男性観壊れてるから責任取れ』かぁ……
デジたんから言いたいことは一つだけ。この期に及んで何でトレーナー殿はシュヴァルさんと付き合わないのか?
話を聞く限りだと、トレーナー殿の同期達はシュヴァルさんの姉妹達と同じように関係の外堀……もはや内堀をも埋めにかかっている。あれだけ周りにアシストされてるのに何故仲が進展してないのか。少なくともトレーナー殿はシュヴァルさんが好きである。
待てよデジたん。どうしたの、冷静な心のあたし?
もしかしたらシュヴァルさんはトレーナー殿に恋愛感情を持ち合わせてないんじゃないか? 嗚呼、ありえるかも。シュヴァルさんはトレーナー殿よりヴィブロスさんやヴィルシーナさんにお熱で、眼中に無い可能性あるかもな。あたし的には失恋ネタも好物ですけど、イヤだなぁ……同志が悲恋に終わるなんて。
「あっ、デジたん。あれってヴィブラフォンだよね?」
あたしの妄想の裏で、トレーナー殿は呑気にヴィブラフォンという鍵盤打楽器を触っていた。近くにあるマレットを手に持ったあと、ポンポンと音板を叩く。
「懐かしいなぁ、少しヴィブラフォン叩くか」
その瞬間、天井からガタガタと激しい物音が鳴った。
◇数分前•天井裏
「えへ、えへへ……困っちゃうなぁもう……僕のこと好きすぎかよぉ……エヘヘヘヘ」
僕は多分、人に見せられない表情になっていると思う。 その言葉を僕に直接言ってくれたらいいのにとは、今でも思う。でも今はただ、デジタルさんに感謝を。
この際はっきりさせとこう。僕はトレーナーさんが好きだ。外内面•香り•趣味趣向全部好きだ。男性経験皆無な僕だけど、これ以上の人を見つけるのは不可能だと思う。
「……はぁ、デジタルさんじゃなくて僕に直接言ってくれたらいいのに……最近はトレーニング後の誉め殺しでも物足りなく感じてきてる。頭を撫ぜながら耳元で囁いてほしい」
◇
あれは一ヶ月前だった。コソコソしているトレーナーさんを成り行きでつけてみたら、僕以外の知らないウマ娘と音楽室で話してる姿が見えて、信じられなくて泣きながら部屋に逃げ帰ったのが始まりだった。その日は、色んなことを想像•絶望して部屋と心の殻に閉じこもったなぁ。デジタルさんにトレーナーさんを取られちゃったって。
そこから二日間は絶不調だった。よく引きこもらなかったなあの時の僕と振り返るくらいには絶不調だった。タイミング悪くトレーナーさんはこの二日間会議に出席していて、忙しそうにしていた。自主練メニューを事前に渡されていたけど、僕は半分も消化出来なかった。
『シュヴァち〜……あ〜大丈夫? クマできてるよ?』『あらあら……何があったのシュヴァルゥゥゥ!?』『悩みを話してみたら楽になるよシュヴァルちゃん。あたしはシュヴァルちゃんの力になりたい』何かを察したのかみんなは僕を気にかけてくれた。
デジタルさんとトレーナーさんの音楽室の会合を見て苦しいと、キタさんやヴィブロス、姉さん達に正直に話した。そしたらみんな、僕が引くレベルの犯罪スレスレな調査をしてくれて。特にキタさんが音楽室に盗聴器を仕込んだのは犯罪だろって思った。
僕はキタさんが持ってきた録音を聞いた。犯罪って分かってるけど気になるし……
『先生、シュヴァル成分が足りない……会議のせいでこの二日間シュヴァルに会えてないんだ、今すぐ抱きしめたい……クソっ、ダメだって分かってるのにこの感情を抑えきれない。もう鋼の意思捨てようかな』『トレーナー殿、それはアリだ』
それからトレーナーさんは僕の尊み(?)を約一時間語っていた。そして締めくくりは『シュヴァルと結婚してえなぁ。デジタル先生、お願いします』だった。
正直、身体が震えた。絶望感がスッと晴れていき歓喜に満ち溢れていく。僕の一方的な片思いじゃなくて、トレーナーさんも同じ感情を抱えていて……
その日を堺に、元々形を保てなくなっていた男性観が跡形もなく消し飛んでトレーナーさん一色に満ち溢れた。
◇
そして僕は今日、天井裏に潜んで会話を盗み聞きしている。例によってどっかに盗聴器設置しているので姉さん達もこの会話を聞いている。
あの日をきっかけに僕の恋路を応援してくれる人が増えた。
例えば、姉さんはトレーナーさんを義弟呼びするようになったし、ヴィブロスは僕とトレーナーさんをくっつけようと積極的に裏工作するようになった。キタさんは音楽室の天井の改造を手伝ってくれて。クラウンさんやダイヤさんはトレーナーさんの同期を買収する等、協力してくれる同志を増やしている。
あとは僕がしくじらなければ……
「ヴィブラフォン叩くか」
「ヴィブロス叩く!?」(難聴)
ヴィブロスは別室で姉さんと待機中のはず。もしかして乱入した? 何か悪いことしたの? ありとあらゆる可能性が頭の中で巡る。
「待って……トレーナーさん。行かなきゃ、トレーナーさんが一線超える前に……」
>メキメキメキ……バキッ!
「えっ……うそっ」
信じられないことは立て続けに起きるとはこの事か。トレーナーさんの所に向かおうと床を蹴り上げたら、メキメキと音を立てて床が破けた。落とし穴に落ちる感じで落ちた僕はなすすべなくピアノの上に墜落した。
「音楽室の天井が崩れたぁぁぁ!? あっ、シュヴァル?」
「イテテ……あっ、トレーナーさん……」
トレーナーさんはヴィブラフォンという楽器の前で呆然と立ち尽くしていた。ヴィブロスは居なかった。
デジタルさんは幸せそうな顔で鼻血を出しながら倒れた。
◇中略
「引退しても僕は、ずっとトレーナーさんと一緒に暮らしたいんです……子供、作って……一緒に人生歩みたくて……その、百年後も、死んでからもずっと」
「よし、年齢的にもまずは婚約だな。一年後、結婚しよう」
我ながら重い……割ともうヤケクソ気味だけどトレーナーさんに告白した。返答次第では生きていけないくらいのに、この期に及んでも尚上手く喋れない僕が憎……えっ?
「いいの……?」
「なにかを好きになるのに、許しを乞う必要が何処にあるんだ?」
「……本当にいいの?」
返事を聞いた僕は思わず、トレーナーさんの身体に抱きついてオンオン泣いた。悲しみじゃない、安堵というか色んな感情がぐちゃぐちゃとなった涙だった。
「うひゃ〜〜! 両者、愛が重いですなぁ〜。うんうん、お邪魔のようなのでデジたんは退散しときますね」
◇こうしてシュヴァルグランとシュヴァルトレは片思いから両思いになった。両者、夏の日差しを受けるひまわりのような笑顔だった。
シュヴァルがよく食べてる肉まんを求めてトレちとヴィブロスがコンビニ巡る話VSヴィブロスとトレーナーさんがホテルに行ったと勘違いしているシュヴァルグラン INク
クリスマスイブ、シュヴァちはクラッちとカラオケ屋に、私はシュヴァちのトレちと一緒にコンビニ巡りしていた。
「ショッピングもね☆トレち〜!」
「勿論行くよ。最近できたホテルの中にある服屋だよなOKOK」
コンビニ巡りと言っても何もむやみやたらに回るわけじゃない。今回は私の真の目的であるショッピングの道中にあるコンビニだけ巡る予定である。
「一応聞くけど、シュヴァちのトレちは肉まんを探してるんだっけ?」
「勿論、だから君を呼んだんだ」
コンビニの肉まん。なんの変哲もない普通の肉まん。でもトレちにとってはわざわざコンビニ巡りするほど重要な食べ物らしく。本人曰く、『かぶりついたときのフワフワ、パフパフしたパフ感が感じられて良い。思わずアチチとつぶやくアチ感も気になるし、肉まんの深奥部からもれてくる、旨みをシュヴァルと共有したい』らしい。
「いいんだけどさ、なんで私なの? クラッちとかキタっちとかいるじゃん」
「シュヴァルが買ってる肉まんのありか知ってそうな人で最初に浮かび上がってきたのが君だった。キタサンは口が発泡スチロールみたいに軽そうだから無し。クラウンはシュヴァルと一緒にカラオケ行っちゃったしね」
「お姉ちゃんは?」
「それも考えたんだけどさ。彼女、最近僕のこと義弟呼びするし、シュヴァルと早く結婚しろオーラ出して圧かけてくるから嫌なんだよなぁ。それにヴィルシーナはヴィルシーナでトレーナーと鍋パするんだろ? 邪魔しちゃいけない」
そんな会話を車の中でしていたら、もう最初のコンビニに到着していた。
◇
「なぁヴィブロス。クリスマスの飾り付けにしちゃあ、過激だよな。頭蓋骨とか磔獄門罪人が飾り付けされてるけど」
「コンビニ……? お化け屋敷じゃなくて?」
一目見て『ああ、ここら辺って治安悪いんだなぁ』って察しちゃうくらいにはインパクトある外装だった。壁には血痕らしきものが多数あるし。おまけに入り口前にはモヒカンの人達がキセル吹かせているし。
「わけ分からんぽ江戸川乱歩」
「えっ、シュヴァルはこのコンビニで毎回肉まん買ってるのか?」
「えっ、ウーン……どうだろう?」
薄々トレちも分かってるだろうけど、絶対違うと思う。シュヴァちがこのコンビニに入ってる姿を想像できないし、性格的にも無いかなぁ。
「なんか雰囲気怖いし、ここ入るのやめとくか……グッ!?」
「分かったけど……大丈夫?」
トレちの提案に乗りこのコンビニは入らない事が決定した。ひとまず車の中で暫く休憩したあと、先にショッピングへ行こうとトレちと方針を固めた。
でもさっきからトレちの様子が変だ。なにやら深刻そうな顔で腹を抱えている。
◇長期運転、シュヴァルと一緒に食べた朝食、ヴィブロスと寄ったドライブスルー、コンビニ、うんち、シュヴァルトレーナーの肛門はもう限界を超えていた。
「グォあ゙あ゙、うんち漏れそぉぉぉ!」
「シュヴァちのトレチ〜、『うんち』はカッコ悪いよ〜そこは『うんこ』でしょ!」
「ツッコむとこそこ? あ゙あ゙、自分はもうダメだ。暫くトイレに篭るからぼくの代わりに肉まんを買ってくれぇぇぇー!」
そう言ったあと、トレちは禍々しいコンビニ内のトイレへ駆け込んでいった。
「仕方ない。シュヴァちのトレちのお願いだし〜。さっさと買おうっと」
幸いにも店内は比較的まともで、シュヴァちがいつも食べている肉まんはレジの隣の保温機に置かれていた。私は1000円を支払って肉まんを買った。
買ったはずだった。店員は一向も動く気配を見せず、ただただ時間だけが過ぎていった。
「あのぉ〜肉まんはまだ〜? 800円のお釣りは?」
「お釣りとレシートはわちしの懐に入るシステムだえ〜! ていうかわちしはまだお金貰ってないからよ。はよ1000円だせい!」
肉まんは出てこないし、出した1000円は店員の懐へ消えていった。お釣りも返ってこない。つまり、1000円を店員に盗まれてしまったと同義だろう。そうと決まればやることは一つ。私は開口一番、こう叫んだ。
「おまわりさ〜ん!」
「呼んでも無駄だえ〜嬢ちゃん。この店の監視カメラは全部壊してあっからよ、不正も証拠も全部パァだ! 残念だったなぁアヒャヒャヒャヒャ!」
「てことはよぉ〜、この店は万引きしても証拠ねぇから無罪ってことだよなぁ!」
「いゆかんちんちお! いゆかんちんちお!」
店員が高笑いを始めたのとほぼ同時、二人組の覆面が銃を引っ提げて入ってきた。そして私は何故か『いゆかんちんちお!』と喋るやつに銃を頭に突きつけられていた。状況を一切飲み込めてないけど急にお腹が痛くなった。
犯人の要求はうまい棒だった。店員はあっさりと口を割り商品の在処を教えた。犯人は礼を言って、うまい棒が有る棚に向かって消えた。
「いや、これは流石におまわりさ〜ん案件でしょ!? 万引きだよ! 捕まえなくていいの!?」
「別に万引きぐらいよくね? わちしの財布を盗まれてるわけでもねぇしのう」
「もうこのコンビニ怖い〜」
結局、肉まんは買えなかった。
「はぁ……私の1000円」
「ごめんな、ぼくがトイレ行ったばっかりに。代わりと言っちゃあなんだけど、お洋服何枚選んでもいいからさ」
顔色良くなったトレちと私は銃で殺されることなく、ホテル内蔵型ショッピングに来ていた。
「この服屋の後、気を取り直して2件目に行くぞ!」
「まだ行くのトレち〜。もうよくな〜い?」
◇一方その頃、シュヴァルはというと。
「トレーナーさんとヴィブロスは今も服屋に居るのかな」
「嫉妬顔が前に出てるわよシュヴァル」
今日はクリスマスイブ。僕とトレーナーさんと、正真正銘二人きりで一夜を迎える初めてのクリスマス。そんな日に僕は、朝からクラウンさんとカラオケを楽しんでいた。
「トレーナーさんと一緒に過ごす夜がこれから待っているんだというワクワク感と、そんな日なのになんで僕を差し置いて朝からヴィブロスとお出かけ行ってるんだ僕でいいだろという感情が渦巻いてるだけなんで、気にしないでください」
「シュヴァルのトレーナーに対する重い感情を共感できてしまう私がいる」
今日のハイライトというか個人的に印象が残ったのはクラウンさんが最初に歌ってたアレ、NTRの実体験を元にした曲だった。なんだろう、色々と心にくるものがあったなぁ。この曲は端的に実の兄弟に彼氏を取られて苦しいという内容だった。
トレーナーさんとお付き合いしてる身だからこそなのか、浮気とか略奪愛とかの単語に敏感になってる僕がいる。
はぁ、トレーナーさんを信用できてない自分が心底嫌になる。トレーナーさんと僕らゾッコン、純愛なのは確信してるのに。
あとトレーナーさんに近づいてくる女性全員、トレーナーさんを狙いにきてるように見える現象はなんなんだろう。全員敵に見える僕が怖い。いつから僕は醜く嫉妬深い存在になっちゃったんだろう……
「シュヴァル? シュヴァル聞こえてる? 電話なってるわよ」
「えっ? あっ、姉さんからだ。ちょっと外出ます」
〜中略〜
『今頃義弟くんとヴィブロスはホテル(内にある服屋)楽しんでるのかしら。お土産楽しみねシュヴァル』
外の空気を吸いながら姉さんと話していたら青天の霹靂が僕を襲った。僕は耳を疑った。
(えっ……? ヴィブロスと僕のトレーナーさんがホテルに……? なんで、ホテル、二人で……まさかラブホテル!? そんな、ヴィブロスとトレーナーさんは洋服店に行くって、昨日の話は嘘だったの?)
そうだ……昨日柄にもなくトレーナーさんと一日中側にいたいと懇願してあっさり断られちゃったのも、ヴィブロスと二人きりになるため……
そうか……そうだったんだ。
おそらく、NTRなら少ししてヴィブロスからテレビ電話がかかってくるはずだ。僕が手出しできないホテルの中で。そして『イエーイ☆シュヴァちのトレちは今日から私のものになったから〜そこんとこシ☆ク☆ヨ☆ロ☆』と、ヴィブロスはそう言ったあとトレーナーさんと……
(そ、そんな……ま、待ってトレーナーさん! ぼ、僕を捨てないで……)
それから僕は、クラウンさんが来るまで一歩もここから動けなくなった。足元が揺らいで、立っていられるのが精一杯だった。
「トレーナー……さん、ヒグッ……ぐすっ」
◇
「冬ダイビング用の装備とか買えたし、護身用の鎖分銅も新調した。それはそれとしてだ」
「分銅鎖なんて何処で使うの?」
ホテルに洋服店がある珍しいタイプのショッピングを巡った後、帰り道で寄った2件目はごく普通のコンビニだった。よかった、この地域は治安悪くなさそうだ。
「ひったくりよー!」
前言撤回、ここも治安悪い。
「うわぁ〜!? トレちなんかひったくり犯ナイフ持ってる〜! トレち……?」
私が目を離した一瞬で既に鎖分銅をグルグル回してたトレち。それを見て尚、犯人はナイフを手に持ちトレちに向かってきた。
犯人のナイフがトレちの射程内に入ったタイミングでトレちは仕掛けた。ナイフを遠心力で弾き飛ばし、その勢いのまま分銅が犯人の股へと回避不可能なスピードで向かっていく。
◇数年前•道場
『〇〇くんはこの分銅でどの部位を狙いますか?』
『股間』
『その理由は?』
『1番デケエ悲鳴が聴けそうだから』
『合格だ〇〇くん。君ならウマ娘達や大事な人を守れる』
◇
大事なとこに分銅がクリティカルヒットした犯人は町中に響き渡るくらい大きな声を出してガクガクと脚を鳴らした後、泡を吹いて倒れた。
私は思わず拍手した。
「分銅童貞喪失だぜぇ……」
「決め台詞ダサ」
「えっ?()」
こうしてトレちの活躍により犯人は警察へと引き渡され、お姉ちゃんの荷物も無事戻ってきた。
「連絡先交換しましょう!」
「はぁ、まあいいですけど」
そういうとこだぞトレち。無自覚女誑し属性。
犯人撃退したところまではいいけど、彼女いるのに他の女性と連絡先交換はありえないと思う。多分このお姉ちゃん、トレちに気あるし。
数年間の片思いを末に最近やっとシュヴァちのトレちとそういう関係になったシュヴァち。これ見てる〜? クラッちとカラオケ行ってるし、見てるわけないか。
シュヴァちのトレちは現在、女性に言い寄られています。不安因子がいっぱいなシュヴァちには同情するよ。
……目的を忘れたけてたけど、このコンビニの肉まんは売り切れだった。
◇一方その頃
「ヘックシッ! ウゥッ、今日は寒いわね……シュヴァル元気なさそうだったし、ヴィブロスと義弟くん大丈夫かしら……三人とも風邪引かないといいけど……」
「鍋できたぞーヴィルシーナ!」
「ワーイ☆」
「ここになかったら今日は諦めて、後日改めて別方向のコンビニ攻めるよ」
「勝手にしたら〜。ていうかここ、学園に1番近いコンビニじゃん」
今日最後のコンビニ、3件目は隣にカラオケ店があった。
「……灯台下暗しとはこのことか。考えてみたらそりゃあそうだ。もし肉まんをわざわざ遠出のコンビニで買ってたりしたら、ウマ娘の脚とはいえトレーナー室に来る頃には冷めてるはず。シュヴァルが持ち込んでくる肉まんは毎回ホカホカだった。これは期待できるかも!」
こうして意気揚々とトレちはコンビニに入っていった。数分後、満悦な笑みを浮かべたトレちが袋片手に出てきた。
「ありがとうヴィブロス。今日付き合ってくれたおかげで、やっとシュヴァルの肉まんが買えたよ〜。今日はもう満足だ」
「まだ満足するのは早いよトレち〜! 夕方からシュヴァちがトレちに遊びに来るんでしょ〜!」
「そうだな今日はクリスマス。今日は本当にありがとう!」
よかったぁぁぁ。私はホッと胸を撫で下ろした。これで私の役目も終わりだ。肉まんに振り回されずにすむ。
これからの予定はどうしよっか、お姉ちゃんとそのトレちがいるアパートに乗り込もっかなと考えていたそんな時だった。クラッちから電話がかかってきたのは。
「クラッち〜どうしたの! うん、ん〜? え、今日何処にいってたって? ホテル(の中にある服屋)に行ったよ〜? うん、シュヴァちのトレちとだけど。ヒィ……ト、トレちは隣にいるよ〜えっ? こ、このまま待っとけ? ……切られちゃった」
「なんか顔面蒼白だけど大丈夫? 誰から電話かかってきたんだ?」
「ええっと、クラッちから……トレちもここで待っててと……」
「クラッち? ああ、クラウンか。どうしたんだろうね」
正直言うと怖かったぁ……なんかクラっち、凄い放送禁止用語連発してたし。
私なりに解釈してさっきの会話要約すると、シュヴァちを泣かせた容疑で私とシュヴァちのトレちが有罪になってるらしい。心当たり無いのにどうして?
それにしてもクラッち、電話越しでも分かるぐらい怒ってたな……特にトレちのヘイト凄かった。電話で殺されちゃうかもと思ったのは初めてだった。
◇10分後
目元が酷く赤いシュヴァちが、今にも倒れそうな状態でボーと突っ立っていた。クラッちはその後ろで仏のような冷たい視線を私達に向けていた。
「ヴィブロス! アッ、ト、トレーナー……さん」フラッ
私達を見るとすぐにシュヴァちは後ろから倒れていった。地面とシュヴァちの頭はゴッツンコしなかった。トレちが素早く回り込んでシュヴァちを抱き抱えたからだ。
「だ、大丈夫……じゃなさそうだな。何があったんだシュヴァル……」
「貴方の胸に聞いてみたらどうよ。女誑しめ」
普段のキャラからは想像つかないくらい冷酷な声でクラッちはトレちに言い放った。てかなにこれ、今の発言強盗に銃突きつけられた時より怖いんだけど、なにがあったんだろみんな。
「……そうか、分かった懺悔するよ。実は今日一日、シュヴァルがいつも食べてる肉まんを探してました。君と同じものを食べてみたかったんだ。気持ち悪かったよな許してくれ」
「引っ叩くわよ本当に。はぐらかさないでほら、他にも心当たりあるでしょ。不倫とか、NTRとか」
「バカを言え。ぼくはシュヴァル一筋だぞ。少なくともシュヴァルと担当契約結んでから今まで。ていうか不倫ってなんだ、誰がやったんだ」
「シュヴァルトレ」
「冗談も大概にしろよこのやろう」
トレちはあらぬ疑いをかけるクラッちに堪忍袋がキレたのかついに怒った。クラッちと同じくらいの勢いでキレた。放送禁止用語たくさん吐いていた。
私とトレちはコンビニとショッピングに行っただけと、今日買った物を開示したり説明したらなんとか誤解は解けた。
そういえば『ホテル内のショッピングに行った』と言ったあたりでクラッちは目を見開き、シュヴァちはホッとした表情になってたなぁ。もしかして原因はそれだろうか? この文章内にどこに問題要素あるのか私には分からないけど。
「シュヴァルさん? ちょっとここまで強く引っ付かれたら動けないんすけど……」
「嫌だ。トレーナーさんはすぐどっか行っちゃうし、もう離れない……今まで何回僕はトレーナーさんに泣かされてると思ってるんだ」
シュヴァちは嗚咽しながらひっつき虫の如くトレちの身体にひっついていた。
気まずい空気を察した私とクラッちはお互いにシュヴァちとトレちを見詰めたあと、この場を去った。
まだ昼頃なのに、今日は濃厚な一日だったなぁ……
「……分かった。このあとぼくの家に行こう。そこで一緒にクリスマスを迎えるんだ。シュヴァルと二人でね」
「……うん、うん!」
「お客様、コンビニの前でイチャイチャするのやめてくれますかね。迷惑です」
「……さーせん」
「……すみません」
トレーナーさんを追跡するダンボールシュヴァルグラン
姉さんやヴィブロスを始めとした色んな人達がサポートしてくれて、晴れて正式にトレーナーさんと同棲することになった。キタさん、クラウンさん、デジタルさん、本当にありがとう。
そして早速だけど、助けて……
「すまん、今日は用事があってね。明日でいいかな? 肉まん博物館」
前代未聞なことが起きた。トレーナーさんにデートを先送りされたのだ。こんなこと、現役時代含めて無かったのに……
もしかして、浮気……?
この期に及んでトレーナーさんを信じ切れない自分に嫌気が差す。溢れかける感情を押し殺し、俯きながらトレーナーさんに手を振った。
トレーナーさんは微かに寂しそうな顔をしながらでて行った……
「……大丈夫だよね。大丈夫、大丈……夫。うん、追跡しよう」
ごめんなさいトレーナーさん。これだけは使いたくなかったけど、今日だけはGPS使うよ。位置情報知るために使うよ。
◇中略
トレーナーさんの3歩後ろ歩くのをキープして僕は追跡を開始した。
念には念を、ダンボールで顔を隠してるから、万が一トレーナーさんが後ろを振り返っても僕とはバレない。声でも気付きそうだし、極力喋らないようにしないと。
「先頭の景色は譲らない!」
今、スズカ先輩居た?
「そこのイカしてるお兄さん! 君にぴったりなTシャツあるんだけど、買っていかな〜い?」
あっ、あの女。商品を話の起点に使って僕のトレーナーさんへ近づいてきた。しかも、あからさまに誘惑してるし、色気と好意を隠そうともしてない。
NTRないよね、大丈夫だよね、トレーナーさん。信じてる……けど。
「おっ、コフキムシ入ってるTシャツだ。カッコいいじゃんか!」
「でしょ! 今なら私の連絡先もサービスでつけちゃうよ☆どうかな、一枚」
「おお、太っ腹だね! ありがとうお姉さん!」
「は〜い、また来てね〜……ってちょっとお金は!?」
よかった。今のであの女のトレーナーさんに対する好感度が地に落ちた。それはそれとして遠くからでもトレーナーさんはかっこいいなぁ。
「なんだぁ、てっきりタダでくれるもんかと思ってたのに」
「そ、それじゃあ一枚買ってくれたら一枚タダでいいよ?」
「おっ、それじゃあこのコフキムシTシャツ買うからこれタダにしてくれ」
「そうじゃないでしょ!?」
程なくしてトレーナーさんは服屋を出禁になった。理由はなんとなく分かる。だってトレーナーさん、コフキムシTシャツの永久機関作ろうとしてたし、贔屓目に見ても妥当。
その後、トレーナーさんを追跡していたけどあまり目立った出来事はなかった。お花屋さんでカーネーションを買ったくらいかな。
「はぁはぁ、ダンボールは蒸れるなぁ。あっ、タクシー!?」
トレーナーさんはここでタクシーを使った。大丈夫、想定内だ。僕を舐めるなよ。引退したとはいえウマ娘だし、タクシーぐらいだったら追いつける。
「タクシーなんかに負けるかぁぁぁぁぁ!」
「今の匂いは、シュヴァちの匂いだ〜! シュヴァち〜……なんでダンボール被って走ってるの?」
トレーナーさんを追いかけていたら、いつのまにか霊園についていた。ここは、動物霊園……?
陰から覗いてみると、トレーナーさんはカーネーションを墓に差していた。そして合掌。墓参りをしているのだろうか。一体誰の、ここは動物霊園だから……あっ!
「忙しくて行けなかったけど、やっと来れたよミーちゃん。居なくなってから今日で4年か……」
聞いたことがある。トレーナーさんは昔ミーちゃんという猫を飼っていた。そして今日は、ミーちゃんの命日。そうか、そういうことだったんだ。
「最近さ、好きな子と同棲することになったんだ。有難いことにね。土産話を聞いてくれるかい?」
ごめんなさいトレーナーさん。少しでも疑ってしまった僕を許してほしい。今日だけはミーちゃんの邪魔はしないから。
……久しぶりに一人で釣りに行こっかなぁ。
「ブライトトレーナーはこれからチームを作って色んなウマ娘を育ててほしい。学園のルールに恋愛禁止が明記されてあるぞ」ブライト「ほわぁ?
「丁重にお断りします」
「驚愕、何故断るんだブライトトレーナー! まさか……既にメジロ家と話をつけてるのか!?」
「話をつけてるっていうか、『ブライト以外担当する気は無い』という通達をメジロ家へ送りつけたりはしましたね。勿論、当主様含めて反発はありましたけど」
「なっ……」
ほわぁ、理事長さまとトレーナーさまの三者面談する機会に恵まれましたわ〜。今回の議題はトレーナーさまのチーム創設問題。ですが、その辺はわたくしの根回しで既に解決済みですわ〜。
「ほわぁ、チームは無しという方向で話は終わりですわね。そもそも、わたくし達の恋愛にジャジャウマはいらないんですわ〜」
「一応、我が学園はウマ娘とトレーナーの恋愛は禁止なんだがな……」
ボソッと呟いた理事長の言葉を聞いてわたしくの堪忍袋が切れたのですかね。はしたないことは分かってますが、わたくしは心の中で理事長さまを罵倒してしまいましたわ。
その上でわたくしは発言の真意が気になったので、理事長さまに何故恋愛をしてはいけない理由を質問しましたわ〜。
「理事長さま〜ガタガタ抜かしてると<放送禁止用語>して犬の餌にしますわよ〜(何故ですか? 何故恋愛禁止なんでしょうか?)」
「恐怖ッ、今なんて?」
「発言を撤回しないと山の中で<放送禁止用語>して犬の餌ですわ〜(ですから何故恋愛禁止なのですか?)」
「スゥー、ブライトよ。私を脅迫してるのか?」
「筋違いなことほざこうものなら<放送禁止用語>ですわ♪今すぐ理由を教えるか、それとも言わずにぶち<放送禁止用語>か?(理由を教えてください)」
「あっはい。今ご説明いたします……実は学園当初からのルールでなのでな……有名無実化してる昨今、一応形だけあるだけなのです。あっ、ここまでで質問はないでしょうか?」
「ありませんわ勿体ぶらずにさっさと続けなさい♪(ありませんわ)」
「あっはい。すみません……ですから一応ルールがあるので恋愛事は控えてもらえたらこちらとしたら嬉しいかなと……そうだ、守ってくれたら報酬だってだす!」
「あなた、本当におバカさんですわね〜(お金はいらないのですが)」
「そこをなんとかお願いいたします!」(土下座)
「どうしましょうトレーナーさま〜」
「ああ、それよりさ。なんだろうブライト。多分、本音と建前が逆になってたよ? お嬢様が出しちゃいけないような危険なワードバンバン喋ってたし」
あら、わたくしとしたことついうっかりですわ〜。いつのまにか理事長さまは顔面蒼白で土下座もしてらっしゃいますし。
「理事長さま〜顔をあげてくださいな♪あら、気絶してますわね〜」
◇このあと、恋愛禁止のルールは無くなった
メンタルブレイクシュヴァルトレと状況が飲み込めないシュヴァルグラン
シュヴァルグランが現役を引退してしばらく経った頃のこと。
シュヴァルの元トレーナーになった俺は1人で海へ行き釣り糸を垂らしていた。
◇
今日は何故かフグばかり獲れた。それも例外なく体をまんまるに膨らませて威嚇してくる個体ばかり。今この場で掻っ捌きたい衝動に駆られたが、あいにく俺はフグ調理師免許を持っていない。
素人はフグに手を出しちゃいけない。そういえば大分昔にフグを捌いてシュヴァルに怒られたっけ。
今回も、釣れたフグは全て海にリリースした。
◇
しばらく釣り糸を眺めてる時間を過ごしていると、後ろから足音が聞こえてきた。流し目に見てみると、足音の正体はシュヴァルだった。どうやら彼女もこの港で釣りをしに来たらしい。
そしておそらく、彼女は俺の存在に気がついていない……
(だいたい俺は元々、シュヴァルの様な子好きじゃないんだよなぁ)
俺は背筋を伸ばした。シュヴァルは持参してきたんであろう釣り道具を物色している。
(いやもう、はっきり言っちゃえば嫌いだし。もう、大っ嫌い。そもそもシュヴァルとは同棲しちゃったりして結婚も視野に入ってきてるぐらいの仲だし。今更見かけたからって毎回話しかけるような関係じゃないんだよ)
俺は肩の横を伸ばすストレッチをした。シュヴァルはルアーを見ている。
(でもまぁ、そうだな。元トレーナーとして教え子相手にそんな態度を取るのは器がちっちゃいか)
次に俺は前ももストレッチを行った。シュヴァルは背伸びをしている。
(いやもうほんと、全然会えて嬉しくなんかないけど。せめて会釈を返しとくのが最低限の礼儀だろう。フッ、俺も甘い)
最後に内腿を伸ばす運動を終えて準備は完了。戦闘モードに入る。
文字通り無防備な彼女の背後を取って思わず鼻息が荒くなった。狙いはシュヴァルの腰。俺は静かにクラウチングスタートの構えを取り……
小鳥達の囀りよりも速く走り出した。無我夢中に走った。もうこれで終わっていい、アキレス腱のリミッターを解除して全身全霊、シュヴァルへとっしんした。
「シュヴァルゥゥゥゥゥゥ!!!!!」
「なっ……えっ!?」
背後から腰に手を回しそのまま持ち上げた後、真上へたかいたかーいした。数秒の浮遊の最中で一回転したシュヴァルが俺の真上に落ちてくる。俺は死ぬ気で空中キャッチした。
落としたらこの場で自害するつもりで抱きしめたシュヴァルは涙を浮かべながら瞳の中を渦巻にしていた。愛くるしいなと思い、衝動的にほっぺにキスをした。
「シュヴァルゥ〜会いたかったぞぉ〜このやろ〜う!」
瞬間、左腕がシュヴァルに噛みつかれた。それもものすごい力で。
「痛ってぇ!? いきなり何すんだ! ご乱心か?」
さらにシュヴァルは俺の手を強引に振り解いてきた。予想外の行動に内心呆気に取られながらも、俺は軽くバックステップ踏んでシュヴァルから距離を取り、考える。
いや、ご乱心というかどちらかと言えば理性を失ってる……? 彼女を冷静に観察すると、呆然としてただ突っ立っているように見えた。大量の涙を流しながら。これは……やらかしてしまったかもしれない。
そう気付いたならやることは一つである。俺は光の速さで額を割るレベルの土下座を決めた。
「ごめんシュヴァル。悪気はなかったんだ……」
「……トレーナーさんの声……? はっ! 僕は今まで何を……」
よし、戒めを精算するため切腹しよう。それで罪が許されるかは分からないけど、俺がくたばることでシュヴァルが報われるなら喜んで腹を切ろう。
「僕は確か釣りをするために海に……って、トレーナーさん!? いつからここに……あと左腕の奇妙な傷……だ、誰にやられたんですか……?」
あばよ現世。最初で最期の担当したウマ娘がシュヴァルで心の底から感謝するよ。決意は固めた。この短刀で腹を掻っ捌く。
◇トレーナーの懐から取り出した短刀を見てシュヴァルは慄いた。トレーナーの並々ならぬ決意、シュヴァルグランは魅せられていた。イマイチ状況を理解できてないけれど、やっぱりトレーナーさんはかっこいいなぁと。
◇シュヴァル視点
僕のトレーナーさんが1人で釣りに行っちゃったから僕も釣りに向かうことにした今日の朝方。
そしていつもの港で釣り道具を整理していた。そこら辺までは覚えているのだけど。その前後で何故か記憶が飛んでしまっている。
そして気がついたらトレーナーさんが目の前で土下座していた。頭が混乱した。訳がわからないとも思った。この人は先に外出してて、偶然じゃなきゃ会わないと思っていたからだ。しかも左腕には誰かに噛まれたような傷もある。
トレーナーさんの身に何が起きたのだろうか? とりあえず何も分からない現状、僕は何も出来ない。
だから進展があるまで静観しとこうかなと考えていた。そんな猶予はなかった。トレーナーさんは土下座を解除したあと、そのままの流れで短刀を取り出し、自らの腹へ突き刺そうとしてきたのだ。
「ま、まってまってまって!?」
反射的に身体が動き間一髪、腹を突き刺す前に短刀を取り上げることができた。トレーナーさんが今やろうとしたこと、段々と時間が経っていく間に僕は嫌でも理解してきて、ゾッとして血の気が引いた。
「ト、トレーナーさん……?」
「殺してくれシュヴァル……全部俺が悪いんだよ……」
昨日までは僕やみんなが知ってるいつものトレーナーさんだったのに。目の前にいる人は僕が目を離しただけですぐに消えそうなトレーナーさん。
それを見て僕は決心した。今日、トレーナーさんの身に起こった災難の元凶を今日中に始末するんだと。そして、トレーナーさんが生きてもいいと思えるように、ずっと支えようと。
クローンシュヴァル増殖計画
◇ストーカーに悩んでいたシュヴァルグランは信頼できる大人、トレーナーさんとヴィブロス•ヴィルシーナに相談していた。そして……
「追い詰めたぞ。シュヴァルに付き纏う変態野郎め!」
「シュヴァちをストーカーするなんていい度胸してるねおじさん♡一生独房に入っててよ☆」
◇ヴィブロスとシュヴァルトレは廃工場へストーカーを誘い込み、ただいまストーカー追い込み漁中である。ちなみにヴィルシーナとシュヴァルグランは廃工場の外で待機中。
シュヴァルトレとヴィブロスか。あいも変わらず血気盛んな連中だ。だが、残念なことに私はもう止まれない。
「シュヴァルチャは可愛い。それが私の選んだ本音」
肉体は全て可能性なんだ。益々欲しいねぇ。これまでに私はシュヴァルチャの尻尾抜け毛を拝借し精巧なクローンを作った。だが、まだまだこんなものではないはずだ。
肉体の可能性は。
◇シュヴァルチャ
私は一から生み出そうとした。だがそれではダメなんだ。私から産まれるシュヴァルチャは私の想像の域を出ない。答えはいつだって混沌の中で黒く輝いているものだ。
「分かるかい?」
「お前がどうしようもない変態野郎で、話の通じないタイプなのは分かる」
「バカだなぁ。私が作るべきだったのは尻尾毛を媒体にした制御不能のシュヴァルチャだったんだ。シュヴァル天変」
私は地面にシュヴァルチャの抜け毛を置き特殊な詠唱を唱えた。すると瞬く間に地面がコバルトブルーカラーへ染まっていく。
「お前、何をした?」
「事前に準備しておいた日本中の藁人形達に遠隔でシュヴァル天変を施した。自我を持つ千体のクローンシュヴァルチャが悪意なく放たれたと思ってくれ」
「……は?」
「藁人形に宿った自我を持つシュヴァちが千人……?」
今、そのシュヴァルチャの封印を解いた。藁人形達にシュヴァルの意思•自我が乗り移り、時期に目を覚ますだろう。
「シュヴァルチャにはこれから私と予想不可能な恋愛をしてもらう」
「クローンとはいえ、もっと人権無視した要求をシュヴァルにするもんかと思ってたよ。お前にしては控えめな要求だな」
「死ね」
とにかく、始まるよシュヴァルチャ。私の遅い青春が。
◇一方その頃、本物のシュヴァルグランは『この悪夢が早く終わればいいのに』と願っていた。