担当の妹、シュヴァルグランがジャパンカップで悲願のG1初勝利をもぎ取ってしばらくした頃。担当の計らいでシュヴァルトレに会う機会に恵まれた。
「もしかして義弟くんにも例の質問するのかしら? 私としては恥ずかしいからやめてほしいんだけど」
「いくらヴィルシーナの頼みと言っても無理だ! 女の好みがつまらんやつは大抵つまらん奴だからな。はっきりさせとかねば」
俺のモットー。初対面相手にはまず女のタイプを聞くんだ。友情を深め合う前に見える地雷は取り除かねばならないからな。例えば『わちしを愛してくれる人が好きだえ〜』とほざくやつは論外。顔がタイプだからと答えるやつは大体つまらん奴だ。
「ちなみに俺は尻と胸がデカい女が好みデス!」
「はいはい。やっぱり貴方にはヴィブロスを近づけさせないことにするわね」
「どうしてそんな酷いことするんだ!」
「うるさいわね、浮気未遂セクハラ常習犯! 第一私でいいでしょう。貴方の希望通り胸あるわけだし」
「尻はないだろう!」
「ついに言ったわね。私が持ってなくてヴィブロスだけ持っている禁忌の単語言ったわね! カチンときたわ、夕ご飯の生姜焼き抜きにしてやろうかしら」
「それは勘弁してくれぇ〜マイハニ〜」
「バカな事やってるうちに来たわね。今回の主役がね」
ヴィルシーナの言う通り、下半身だけやけに筋肉質な青年がこちらに近づいてきていた。
「ヴィルシーナのトレーナーさん。初めまして、シュヴァルトレです」
「この子がシュヴァルのトレーナーで義弟くんよ」
ヴィルシーナが男の肩にポンポンしながら、まるで妹の結婚相手みたいな紹介をしている。
「まだ義弟じゃないし。何回やるんだこのくだり」
「ほら、ぼさっとしてないで貴方も挨拶しなさい」
ていうかなんなんだコイツは……この男、無茶苦茶色気っぽい。並の女だと数日この男と屋根の下で過ごすだけで落ちるくらいの破壊力を感じる。ただものでは無い。
「ところでシュヴァルトレくん。お前はどんな女が好みだ! 男でもいいぞ!」
「えっ、なんで?」
「私のトレーナーさんの悪癖よ。気にしないで」
「この色気で多くの獣を喰らってきたのだろう? さあ、本性を表すのだ!」
「怖っ、なんだコイツ。えっと、よく分からないですけど強いて言うなら……闘志を持った負けず嫌いな子が好きですかね? 身体的な話だったらウーン……胸?」
「なん……だと!?」
その刹那、俺の脳内にコイツとの甘酸っぱくて楽しかった青春の思い出が洪水のように溢れていく。心のどこかで退屈していた我が魂がいま、動き始めた。
◇
『おめでとう。これでお前も正式なトレーナーだ!』
『これからもよろしくお願いします先輩!』
『先輩先輩! なんか重賞取った娘が近々そのトレーナーと結婚するらしいよ!』
『またか。今年何件目だ?』
『5件目ぐらいかなぁ。まっ、少なくともぼくや先輩は関係無い話だろうし。それがなんだって話だけど』
『関係ある側に俺もなりたい! だから、今からヴィルシーナちゃんに告白してくる!』
『ええっ、先輩を慰めるのぼく嫌なんだけど』
『……なんで振られる前提なの?』
『ごめんなさい。私にはヴィブロスが居るの』
『……(茫然自失)』
『言わんこっちゃない……』
『そういやさ。なんでお前はトレーナーを志したんだ?』
『昔、ヴィルシーナさんにも同じこと聞かれたよ。きっかけはなんだろうな。幼稚園の時にさ、胸がデカくてショートヘアーなお姉さんのウマ娘さんに遊んでもらった事あるのよ。それを拗らせてここまで来ちゃった感じかな』
『ヴィルシーナに聞いた話とほぼ同じ返答だな。さてはお前、初恋が忘れられずに担当も性癖で選んだ口だろ』
『ない。100%な、無いし!」
『故意か無意識かは置いといて。ま、かくいう俺もお前と同じだけどな』
『今のところ作戦通りにいってる。キタサンのマークを最後まで徹底的に……いけっ、直線でぶち抜えぇぇぇ!』
『やったぞブラザー! お前の担当がNo.1だ!』
『……うわぁぁぁぁぁシュヴァル!』
『お前が泣いてどうする……ほら、早く担当のとこへ行ってやんな』
◇存在しない記憶
溢れる記憶を一心に受け止めた俺は静かに絶頂した。そのまま、マイブラザーシュヴァルトレと熱い抱擁を交わした。
「お前は俺のマイブラザー!」
「ぬあぁ、むさ苦しい!」
「これから俺のことをお兄ちゃんと呼べ。にぃにでもいいぞ。てかにぃにで呼んでほしい!」
「ちょ、まだ会って数分なのにマイブラザー判定早くない!?」
「トレーナー志した理由も同じとか俺たち仲良しかよ〜」
「はあっ? ちょっと待て、それはヴィルシーナにしか言ったことないんだけど」
「ああ、数年前ぐらいに話しちゃったことあった気がしなくでもないわね。最近だと、シュヴァルにも昨日話したかしらね」
「おい2人だけの秘密にしようって……ちょっと待て、シュヴァルにも話したの? 一番話しちゃダメなとこだろそれ」
◇シュヴァルトレ視点
朝っぱらからヴィルシーナに呼び出されたと思ってたら、頬に斬り傷跡を持った大男に抱きつかれていた。敏腕トレーナーに会えるとの触れ込みで来たはずなのに、どうしてこうなった?
ひとまず、関節を外したりしてむさ苦しい抱擁から脱出。大男はどこか残念そうな顔でぼくを見つめている。『まだ抱きしめたりなかったのに』とボソッと呟きながら。
ひとまず、ヴィルシーナを大男に会話が聞こえないくらいの場所へ引っ張り、あの大男について問いただしてみた。すると意外な答えが返ってきた。
「あんなのでも私のトレーナーさんで貴方の会いたがってた敏腕トレーナーよ」
「ヤバそうな大男がヴィルシーナのトレーナー!?」
「そんな驚くこと? 私的には有名な話だと思ってたのだけど。あと、そこのゴミ箱に隠れてるシュヴァル」
ヴィルシーナが指差した方角には自販機が一つ。その近くにあるやけにデカいゴミ箱から、シュヴァルが蓋を開けてこちらを覗いていた。
「私のトレーナーさんは賢者モードで無害だし、そろそろ出てきてもいいんじゃない?」
「なんで姉さんにはバレるんだろ」ガコンッ
「ええっ、いつからシュヴァルここに……」
「いつからかは分からないけど、少なくとも貴方が来た時にはその背後でコソコソストーカーしてたわよねぇ。シュヴァル?」
担当のシュヴァルには、ヴィルシーナに会う事しか伝えていないはず……そういえば昨日『なんでトレーナーさんは姉さんと2人で会う約束してるんですか!? やましいこと無いなら僕も連れてってよ!』とか言ってたような気がする。
合点がついた。シュヴァル嫉妬→シュヴァル不安→掛かりストーカー。そういえばシュヴァルも独占欲強いウマ娘だったな。
「まったく、義弟くん絡みになると視野狭窄になる悪癖なんとかならないのかしら」
自分がロジカルシンキングしてる最中、シュヴァルは普通にヴィルシーナに延々と叱られていた。当のシュヴァルは安堵の表情を浮かべて俯いている。
「まあまあ、ヴィルシーナさん。拉致とか監禁とか盗聴盗難、勝手に婚約届け役所に届けられるより遥かにマシな部類だから」
「……貴方も大変なのね」
「無理矢理結婚させられた先輩方に比べたら恵まれてるよ。なによりお互い早い段階で両思い認識できたのがデカい。きっかけを作ってくれたヴィブロスやデジタル先生には感謝しかないよ」
◇中略
このあと、ヴィルシーナのトレーナーは賢者モードから脱したと思ったらまたぼくに抱きついてきた。それを複雑な表情で見てくるシュヴァル。深いため息を吐くヴィルシーナ。
「なんかこの人、イカ臭くない!?」
「もしかして姉さん……この怖い大男って同性愛者だったりする?」
「なわけないでしょと言い切れないのが怖いわね。トレーナーさん。わ、私一筋よね?」
「おっ、マイブラザー! ケツはしっかりあるじゃねぇか!」
「ひいっ! 今すぐトレーナーさんを助けたいのに……大男が怖い……でも、行かなきゃ。トレーナーさんは僕のだって大男にわからせなきゃ……」
「シュヴァルステイ!? 野球ボール手に取って何する気よ!?」
こうしてヴィルシーナトレとの初顔合わせは自分と、一打席勝負を挑みホームランを打たれたシュヴァルにトラウマを残して終わった。