「姉妹丼かぁ。美味しいのかな」シュヴァル「えっ……?」
「一応、平熱に下がったわね」
季節性の風邪を患い、暫くの間寝ていなきゃいけなくなった。姉さん達が看病してくれて少しは落ち着いたけど、トレーナーさんに会えないのは辛い。
「うぅ……トレーナーさん」
「トレーナーは寮に立ち入れないルールだから仕方ないわよ。そんじゃ、私は義弟くんに会って貴方の体調とかの報告をするから、貴方は完治するまで大人しくしとくのよ」
「トレーナーさんはまだ姉さんの義弟じゃないし。って行っちゃった……えへへ」
数ヶ月前から姉さんは僕のトレーナーさんの事を義弟と呼ぶようになった。まだ婚約しただけなのに、姉さんのこの浮かれっぷりには困りものだ。
「……トレーナーさんに電話しよう」
3コールも掛からずに繋がった。
『やあ、シュヴァル。数分振り12回目の電話だね。どうかした?』
「声が、聞きたくて……」
何故だろう。とても小さい音だけど、トレーナーさんの近くで誰か話してる音が聞こえる。
「トレーナーさんの近くに誰かいるの?」
『んっ? ヴィブロスとヴィルシーナのこと? トレーナー室でくつろいでるけど? なんか我が物顔でソファに居座ってる』
「何やってんだ姉さん達は……」
『ヴィブロスが言うには将来のシミュレーションとかどうとか……あっ、出前が来た』
「……もうそんな時間なんですね。トレーナーさんに迷惑かけたくないし、そろそろ終わりにしようかな」
『おう。またいつでもいいからな……そうだ。シュヴァルは今しんどいだろうし、ぼくの方から電話切るね』
「は、はい……」
『それにしても姉妹丼かぁ。美味しいのかな』
「姉妹丼!?」
僕は自分の耳を疑った。トレーナーさんの口からそんな単語が出るとは夢にも思ってなかったからだ。
『あっ、ごめんごめん。こっちの話だから。シュヴァルも早く治すんだよ〜』ピッ
「ちょっと待ってトレーナーさん……! きっ、切れた……」ツーツーツー
頭の中が真っ白になった。姉妹丼は男の人が姉妹を同時に……状況的にトレーナーさんが、ヴィブロスと姉さんを……
「そ、そんな……僕を幸せにするって言葉、嘘だったの……トレーナーさん……」
4年間過ごしたトレーナーさんとの思い出が走馬灯のように駆け巡る。暫くして、姉さんに食べさせてもらった昼食を吐き戻してしまった。
◇トレーナー室
ぼくはシュヴァルグランのトレーナー。ひょんなことからシュヴァルの姉妹達に姉妹丼を奢ることになり、財布が一気に軽くなった男だ。
「出前だから結構値段張ったなぁ。お嬢様は知らないだろうけど金は有限なんだぞ、全く……」
「それにしても、姉妹丼ってもうちょっとネーミングなんとかならなかったのかしらね」
「卑猥だよねぇ〜。例えば、お姉ちゃんと私がトレち相手にうまぴょいしたら、同じ姉妹丼だし」
「名前は置いといて、美味いなこの丼。やっぱり出前取ってよかったかも」
◇一方その頃、姉妹にトレーナーNTRされたと勘違いをしたシュヴァルグランは、キタサン達に泣きながら電話でそのことを相談していた。
◇シュヴァルトレに激怒するキタサン達。サトノダイヤモンドとサトノクラウンはすぐさま傭兵をありったけ徴収、シュヴァルトレ討伐の命を下した。別行動を選択したキタサンは単身、トレーナー室へとカチコミをかけていく。
バラバラバラ……
「伊藤誠ってご存知ですよね。NTRからのハーレムは死以外許されない。この世の理ですよシュヴァルトレ……いいえ。大罪人さん!」
急に粉々になったドア。そこからゆっくりと現れる日本刀持ちキタサンを見て、何か学園内で只事ではない事が起きてるんだなと瞬時に察した。鬼のオーラを宿したキタサンは、何故か日本刀をぼくに向けていた。
「貴方? 冤罪かもしれないから一応聞くけど、もしかしてシュヴァル以外に肉体関係を持った泥棒猫いたりするのかしら?」
何かを察したのか、ニコニコしながら短刀をぼくの首元に近づけ、問い詰めてくるヴィルシーナ。ヴィブロスは状況が飲み込めてないのか姉妹丼を持ったまま固まっていた。
てかあれ? さっきまでみんなと仲良く昼食取ってたはずなのに。いきなり何故ぼくが、NTRとかハーレムとか泥棒猫の容疑をかけられてるのだろう?
もしかして自分は今、キタサン達に誰かと浮気してんじゃないかと疑われてるのか……?
「いや待って、NTRってなんの話だよ!? ヴィルシーナさん、心配しなくても自分はシュヴァル一筋だし。ていうか元来、自分はシュヴァルと同じくらい人見知りの隠者だし。そんな事するわけないだろ。あとさ、なんで突拍子無くあらぬ疑いかけられんの自分!?」
「黙れ大罪人さん! 言い逃れは不可能ですよ! 大罪人さんはさっきシュヴァルちゃんの姉妹を食い散らかしたじゃあないですか!」
「え?」
キタサンの言い放ったその言葉に反応したのか、ヴィルシーナはすぐに短刀を手放した。
「もしかして、シュヴァル。電話越しの姉妹丼を勘違いして……」アワアワ
「あくまでシラを切るつもりなんですね? 失望しましたよ大罪人さん。貴方は純愛を突き通してシュヴァルちゃんと結婚するような人だとあたしは思ってたのに、よりにもよって姉妹に手を出すなんてあんまりですよ!!」
「姉妹丼……OK、今ので大体理解した。キタサン、君は少し壊滅的な誤解をしてる」
◇中略
「よかったぁぁぁ。てことはシュヴァルトレさんは無罪で、シュヴァルちゃんと純愛のままなんですね。ていうか姉妹丼ってなんですか紛らわしい! あたしでも勘違いしますよこれは!」
「寮長には私から言っておくから、義弟くんは早くシュヴァルの所へ行ってあげて」
「恩にきるよヴィルシーナ……それはそれとしてまだ君はぼくの義理の姉じゃねえ!」
「数年後は間違いなくそうなるでしょ〜。にぃに〜」
和解したキタサンと姉妹達に別れを告げ、シュヴァルが住んでいる寮へと急いで向かった。
キタサンによるとシュヴァルは部屋で塞ぎ込んでしまっているらしい。シュヴァルの性格的にも時間の余裕は無さそうだ。病気で休んでるシュヴァルを外に呼び出すわけにもいかないし、自分が直接出向いて誤解を解かないと。
本来ならトレーナーがウマ娘寮に入ることは出来ない。話をつけてくれたヴィルシーナに感謝しつつ、寮に向かった。その時だった。
「シュヴァルトレだな?」
黒い覆面姿の武器を持った6人組が寮の前で立ちはだかってきたのは。
「だ、誰だ!」
「1000万の賞金首ハンターだよ」
「コイツ殺ってあのお方に首を差し出したら1000万! 夢しかないぜぇ〜!」
自分は何故いつもこんな厄介ごとに遭うんだろうか。そもそも賞金首1000万ってなんの話? 奴等の口ぶり的に自分は命狙われてるのか? 万が一そうであっても、この6人組は誰からの差し金だ?
護身用に持ってた分銅鎖を取り出してこれから起きるであろう戦闘に備えつつ、コイツらにその疑問を投げかけてみる。
「おい、お前ら誰に雇われたのか教えろよ。アウトロー暗殺集団には決まって巨大な組織がバックに控えてる。漫画の常識だけど、お前らも多分そうだろ」
「ヒットマンが身の上を話すと思うか? サトノグループに賞金で雇われたなんて口が裂けても言わねえよ」
口が発泡スチロールのように軽くて助かった。サトノグループってことは、ダイヤとかクラウンもおそらく関与している。なんでかはわからないけど。
「恨みは無いが、ダイヤ様の命だ。死んでもらう」
「ごちゃごちゃとうるせえな。遺言か? ぼくは今、忙しいんだ。そこどけよ」
「1000万を目の前にして退く奴は誰も居ねえよ。お前ら、1000万を血祭りにあげるぞー!」
最短でコイツら潰してシュヴァルの部屋へと急ぐ。待ってろよシュヴァル!
◇シュヴァルの部屋
縄を結んでそれを天井から垂らした。強度もあるし途中で縄が千切れる事もないだろう。同じ部屋の人は僕の風邪がうつらないように配慮されて暫く戻ってこない。あとは終わるだけ……
……ダメだ出来ない。トレーナーさんに裏切られてもう僕には何も残ってないのに。終わるのが怖い。今すぐにでも終わりたいのに終わる勇気が無い。
自身の手で終われない僕は何やっても中途半端だ。本当に実行する人は誰にも告げず、すぐに実行するのに。僕はそれが出来なくて、なんなら僕はどうしたらいいのかを柄にも無くキタさん達に相談までしちゃって……
「……銃声? 幻聴かな……」
そうだ、いっそのこと誰かに銃で殺してもらいたい。そうなったら、苦しみたくないし心臓を一発で貫かせよう。そんなだから僕はトレーナーさんに捨てられたんだ。終わることすら自分で出来ない僕に価値は無い。
「シュヴァル! よかった未遂だった……」
どうやら僕は幻覚も見るようになったらしい。ドアを蹴破り部屋に入って来たのはトレーナーさんの形をした……
「……トレーナーさん?」
「……ああ。シュヴァルのトレーナーだよ」
「なんで……来たんですか……? トレーナーさんは僕を捨てて姉さん達とズッコンバッコン姉妹丼食べたくせに……」
「ヴィブロス達とは、昼食をトレーナー室で一緒に食べただけだよ。〇〇亭のメニュー表にある『姉妹丼』を取り寄せてさ」
「……えっ?」
◇
「これがきっかけでシュヴァルは無事、純愛依存気質ウマ娘になりました。ぼくが責任取るので同棲許可してください理事長!」
「肯定ッ! 末永く幸せにな!」