トレーナーさんは早朝くに飛行機へ乗った。今頃ドバイでヴィブロスと一緒にいるのだろう。僕は日本に置いてかれた。何回電話をかけても、折り返しの連絡すらつかなかった。
やっぱり僕は捨てられたんだと落ち込んで落ち込んで、気晴らしに何かしようとしたけど何も手に付かない。そうこうしてるうちに、空はいつのまにか夕方模様へと変わっていってて。もう、涙も出ない。
<コンコンッ
トレーナー室のドアから数回ノック音が聞こえてくる。今の僕にはノック音ですら耳障りだ。どうせ外にいるのはトレーナーさんじゃない。トレーナーさんは今朝旅立ったのだから。もう、僕のことはほっといてほしい。誰とも会いたくないんだ。
「シュヴァち〜? ねぇ〜シュヴァち? やっぱりここにいるよね? キタッちとかみんな探してたよ〜!」<コンコンコンッ
「……ん? ヴィブロスの声だ……今ドバイにいるはずなのに……」
◇中略
日本に居ないはずのヴィブロスはソファに座って誰かに電話をかけている。
「あっ、お姉ちゃん。シュヴァち居たよ〜! えっ、何処にって? シュヴァちがよく使ってるトレーナー室だよ〜!」
「……えっと、ヴィブロスはどうして日本に……? 確か、トレーナーさんと一緒にドバイに行って結婚式をあげる予定じゃ?」
「えっ? 何の話?」
「……うん?」
ヴィブロスとの会話に違和感を感じた僕は、トレーナーさんと交わした昨日の出来事を振り返ってみることにした。
◇
『前言ったとおり、明日の早朝でドバイに行くから。義妹であるヴィブロスの夢をアシストするんだ』荷支度を進めながらトレーナーさんはそう語っていた。確か、僕も一緒にドバイへ行くんだと柄にもなく必死に抵抗したっけ。
『今回はドバイ政府の人達にウマ娘レースの魅力を語るだけだから。別に旅行とかしないし、2泊3日で帰るよ。んっ? ドバイ女性を現地妻にしないよねって? 信頼されて無いなぁ。逆にさ、今更シュヴァル以外の女性にこのぼくが惚れると思うか?』
『アウッ』
◇
そうだ。ヴィブロスのドバイ進出を助けるため、トレーナーさんは単身ドバイへ旅立ったんだ。それをいつのまにかヴィブロスと一緒にドバイへ行ったと僕は勝手に勘違いして。勝手に落ち込んでみんなに迷惑かけて……
「……僕はどっちにしてもクズだ。消えたい……」
「ま〜たバイブス下げ下げシュヴァちモードになっちゃったぁ〜。あっ、ドア開いてるよ〜!」
ヴィブロスがドアに手を振ると、そこからキタさん達が雪崩れ込むように部屋へ入ってきた。
「シュヴァルさーん! よかったぁぁぁ、生きてた!」
「連絡も無いから心配したんだよぉシュヴァルちゃん!」
色んな人達に抱きつかれながら、僕は激しい罪悪感に苛まれていた。今日は普段通りに授業があったのにあろうことか無断欠席、無連絡のコンボでみんなを心配させてしまったのだ。また消えたくなってきた。
「し、心配を……か、かけて……すみませんでしたぁぁぁ!」
とりあえず今の僕に出来ることは、みんなにひたすら謝り倒すことだけだった。
◇夜
現在ドバイに居るトレーナーさんの耳にも学園の騒動が入ってきたらしく、僕と長めの電話をすることとなった。『監視役?』の第三者ヴィルシーナ姉さんも入れて。
「ということがありまして……」
『ごめんよシュヴァル。今日は要人と会合してたせいで連絡まともに取れなくて』
「両者の話を聞く限り、やっぱり義弟くんに一切の非はないわよ。シュヴァルの勘違いというか、被害妄想が原因よねぇ、やっぱり」
姉さんの指摘に何も言い返せない僕。姉さんは僕をチラッと見た後深くため息をついて、ボソッとある言葉を呟いた。
「愛ほど歪んだ呪いはないわね」