二次短編小説置き場ブログ支部byまちゃかり

主にウマ娘の短編を投稿してます。基本的にあるサイトからの自作転載となります。

走れカツラギエース 名君になったCB

 こんな夢を見た。

 いいや夢を見てる場合じゃねぇぇぇ!

 

 改めてカツラギエースは激怒した。必ず、かの盟友ミスターシービーを攫った邪智暴虐の王をぶちのめすと決意した。

 エースの実家は農家である。木々を薙ぎ倒し、羊と遊んで暮らしてきた。けれども田舎の閉塞的な空気にはウマ一番敏感であった。

 きょう未明、エースは村を出発し、野を越え山越え、十里離れたこのシラクスの街にやってきた。特に用事は無かったが、「この葛城栄主を布教してやるぜ」なんて思いながら、街を訪れたのだ。

 エースには竹馬の友があった。ミスターシービーである。今はここ、シラクスを拠点に「何でも屋CB」をやっているらしいが……ともかく、エースは街全体が、どことなく寂しい雰囲気に包まれていることに気が付いた。

 そこで、エースは路であった若い衆を捕まえて、散々に弄んだあと川に突き落とした。それから、次に会った老爺に、何故この街はこんなに人がいないのか、みなびくびく怯えているのか、と尋ねた。老爺は下を向いて答えなかったので、エースはナツメグを取り出して老爺に振りかけながら質問を重ねた。すると、老爺はあたりをはばかる低声で、わずか答えた。

「王様は、人を殺します」

「なぜ殺すんだ?」

「悪心を抱いている、というのですが、誰もそんな、悪心を持っては居りませぬ」

「ほう〜たくさんの人を殺したのか」

「はい、はじめは王様の妹婿さまを。それから、御自身のお世嗣を。それから、妹さまを。それから、妹さまの御子さまを。それから、皇后さまを。それから、賢臣のアレキス様を」

「こりゃあやばいな。きっと精神崩壊してるし、一刻も早く革命起こしてイかれた王を玉座から引き摺り下ろした方がいいんじゃねえの?」

「いいえ、精神病んではございませぬ。人を、信ずる事が出来ぬ、というのです。このごろは、臣下の心をも、お疑いになり、少しく派手な暮しをしている者には、人質ひとりずつ差し出すことを命じて居ります。御命令を拒めば十字架にかけられて、殺されます。きょうは、六人殺されました」

「それを病んでるって言ってんだよ。おかしいだろ毎日処刑は」

 老爺の話を聞いて、エースは激怒した。

「呆れた野郎だ。一回ぶん殴ってくる」

 エースは、単純なウマ娘であった。

 エースは辺境の村のウマ娘である。だが、爺の話を聞いているうち、どうも自分が本当の、この国の王なのではないかと思い始めたのだ。いや、きっとそうである。一刻も早く、盟友のミスターシービーにもこの事実を伝えたかったが、処刑のクソ野郎を王座から引きずり下ろすのが先だと思いなおした。

 こうして田舎者故に礼儀に疎いエースは買い物を、背負ったままで、のそのそ王城にはいって行った。たちまち彼女は、巡邏の警吏に捕縛された。調べられて、彼女の懐中からはきのこの山が出て来たので、騒ぎが大きくなってしまった。彼女は、王の前に引き出された。

「このきのこの山で何をするつもりであったか。言え!」

 暴君ディオニスは静かに、けれども威厳を以って問い詰めた。その王の顏は蒼白で、眉間の皺は、刻み込まれたように深かった。

たけのこの里派を改心させるのだ」

 とエースは悪びれずに答えた。

「おまえがか?」

 王は、憫笑した。

「仕方のない奴じゃ。おまえには、わしの孤独がわからぬ」

「馬鹿野郎!」

 と、エースはいきり立って嘶いた。

たけのこの里は愚民が食べる恥知らずなお菓子なのはこの世界じゃ常識なはずだ。そんな奴らにきのこの山の良さを布教して回ってんのに何が悪いんだ言ってみやがれ」

 エースも笑った。

「さも常識のようにたけのこの里を侮辱するのは愚劣極まりない行為だ。それをわしに教えてくれたのは、おまえたちだ。来る日も来る日も、キノコを模したお菓子が献上される。チョコの部分が少ない半分ビスケットが何故世間では受け入れられているのか」

 暴君は落着いて呟き、ほっと溜息をついた。

「わしは、たまにはたけのこの里が食べたい」

「何のためのきのこの山だ」

こんどはエースが嘲笑した。

きのこの山派を差別して何が王だ。調子乗ってんじゃねーぞこの野郎」

「だまれ、下賤の者」

 王は、さっと顔を挙げて報いた。

「口では、どんな生意気な事でも言える。わしには、人の腹綿の奥底が見え透いてならぬ。おまえだって、いまに、磔になってから、泣いて詫びたって聞かぬぞ」

「あたしは命乞いはしない。ただ……」

 と言いかけて、エースは足元に視線を落とし瞬時ためらい、

「ただ、これから宝塚記念に出る事になってんだ。処刑までに一カ月くらいは待って欲しい。そしたら、もっかいここに帰ってくる」

「ばかな」と暴君は、嗄れた声で低く笑った。

「とんでもない嘘を言うわい。逃がした羊が帰って来るというのか」

「あたしは親の手伝いで羊の大量脱走を許した事があるけど結構捕まえられるもんだぜ」

 エースは言い張った。

「あたしは約束を守る。ただ、そんなにあたしのいう事が信じられないなら、わかった、この街にミスターシービーという自由人がいる。あたしの無二の友人で、基本頼み事はなんでも聞いてくれるヤツだ。あれを、人質としてここに置いて行こう。もしあたしが逃げちまって、一か月後の日暮れまでここに帰ってこなかったら、あの友人を絞め殺してくれ。たのむ」

 それを聞いた王は、残虐な心の中で、そっとほくそえんだ。生意気なことを言うわい。どうせ帰って来ないにきまっている。この嘘つきに騙だまされた振りして、放してやるのも面白い。そうして身代わりの女を、一か月後に殺してやるのも気味がいい。人は、これだから信じられぬと、わしは悲しい顔して、その身代わりの女を磔刑に処してやるのだ。世の中の、正直者とかいう奴輩にうんと見せつけてやりたいものさ。

「願いを、聞いた。その身代わりを呼ぶがよい。一か月後の日没までに帰って来い。おくれたら、その身代わりを、きっと殺すぞ。ちょっとおくれて来るがいい。おまえの罪は、永遠にゆるしてやろうぞ」

「お、マジか? やったぜ!」

「……遅れたら人質を殺すからな」


 竹馬の友、ミスターシービーは、深夜、王城に召された。暴君ディオニスの面前で、佳き友と佳き友は、二年ぶりで相逢うた。

 エースは、友に「きのこの山尊い犠牲になってくれ」ということを語った。ミスターシービーは騒ぎ立てたが、エースが隙を見て首に手刀を放つと、すぐに大人しくなった。友と友の間は、それでよかった。ミスターシービーは、縄打たれた。エースは、すぐに出発した。初夏、満天の星である。


 それからエースは一か月間、専属トレーナーと共に一蓮托生の覚悟で猛練習に励み、その甲斐あってか本番で見事一着を勝ち取ることに成功した。

 この間、囚われの身となっていたミスターシービーは知略で王の権力を乗っ取っていた。部下にも支持され本当の自由を手に入れたのである。


 そうして、あっという間に約束の日がやってきた。エースが跳ね起きると、既に太陽は真上にまで上り詰めていた。嗚呼、何たることか。世紀の大出遅れである。

 慌てて準備をすると、昨日の大雨で道が非常にぬかるんでいることに気がついた。嫌なことは重なるものである。カツラギエースは不良馬場を苦手にしていたのだ。

 それでもウマ娘の力による驚異的なスピードで突き進み、そろそろ全里程の半ばに到達した頃、降って湧わいた災難、エースの足は、はたと、とまった。

 見よ、前方の川を。昨日の豪雨で山の水源地は氾濫し、濁流滔々と下流に集り、猛勢一挙に橋を破壊し、どうどうと響きをあげる激流が、木葉微塵に橋桁を跳ね飛ばしていた。彼は茫然と、立ちすくんだ。あちこちと眺めまわし、また、声を限りに呼びたててみたが、繋舟は残らず浪にさらわれて影なく、渡守りの姿も見えない。

 仕方がないので近くにあった木々を薙ぎ倒し、それを橋代わりにして川を渡った。

 さて、次に峠を越えていると、突然、目の前に一隊の山賊が躍り出た。

「待て」

「なんだテメーら。あたしを誰だと思ってる」

「知らねえな。それより命乞いすれば息子は助けてやるぞ」

「王都では新王葛城栄主と名乗っている。ただ、これからその王都で、あたしは処刑されるんだ」

「???」

「とりあえず聞いとくが……お前らは、たけのこの里とかいう邪教じゃなくてきのこの山派だよな?」

 山賊たちは、ものも言わず一斉に棍棒を振り挙げた。エースはひょいと、からだを折り曲げ、飛鳥の如く身近かの一人に襲いかかり、その棍棒を奪い取って、「気の毒だが正義のためだ!」と猛然一撃、たちまち、三人を殴り倒し、残る者のひるむ隙に、思い切り棍棒を投げつけ、木の蔓で四人を簀巻きにし、峠の上へと吊るした。それからさっさと走って峠を下った。

 それから、日がすっかり暮れそうになった時、ようやくエースは街に辿り着いた。途中でトレーナーとの婚約の約束を取り付けていためである。

 最後の死力を尽して、エースは走った。エースの頭には、トレーナーとの新婚生活の妄想しかない。ただ、わけのわからぬ大きな力にひきずられて走った。陽は、ゆらゆら地平線に没し、まさに最後の一片の残光も、消えようとした時、エースは韋駄天の如く刑場に突入した。間に合った。

カツラギエースが来たぞ!!!!!!」と大声で刑場の群衆にむかって叫んだつもりであったが、喉がつぶれて嗄れた声が幽かに出たばかり。

 群衆は、ひとりとして彼女の到着に気がつかない。すでに磔の柱が高々と立てられ、約束のため一応縄を打たれたミスターシービーと満場一致で処刑が決定している廃王ディオニスは、徐々に釣り上げられてゆく。

 エースはそれを目撃して最後の勇、先刻、濁流を歩き渡ったように強引に群衆を掻きわけ、跳ね飛ばし、
「あたしだ、刑吏! 真の王が帰ったぞ、あたしだ!! カツラギエースだ。彼女を人質にしたあたしは、ここにいる!」

 と、かすれた声で精一杯に叫びながら、ついに磔台に昇り、釣り上げられてゆく友の両足に、かじりついた。群衆は、どよめいた。あっぱれ、ゆるせ、と口々にわめいた。ミスターシービーの縄は、ほどかれたのである。


ミスターシービー」エースは眼に涙を浮べて言った。

「あたしを殴れ。ちから一ぱいに頬を殴れ。あたしは、途中、トレーナーの実家を見かけてつい、立ち寄っちまった。お前があたしを殴ってくれなかったら、あたしはシービーと抱擁する資格さえ無いんだ。殴れ」

 ミスターシービーは、無言で刑場一ぱいに鳴り響くほど音高くエースの右頬を殴った。殴ってから優しく微笑み、そのまま倒れ伏すエースの左頬も殴った。

「いてえじゃねえか、二発は反則だろ!?」

 黒毛は騒ぎ立て、もう一人の馬乗りになった栗毛はただひたすらに無言でエースの頬を殴り続けた。エースは痛みにおいおい声を放って泣いた。

 エースのおかげでなし崩し的に権力を得たがそれはそれである。危うく処刑されかけたのだから。

 群衆の中からも、歔欷の声が聞えた。元暴君ディオニスは、磔にされなから二人の様を、まじまじと見つめていたが、やがて静かに顔をあからめて、こう言った。

「どうか、わしをも仲間に入れてくれまいか。どうか、わしの願いを聞き入れて、おまえらの仲間の一人にしてほしい。」

「てめえはダメだ!」
「俺の家族をころしやがって!」
「俺は一族皆殺されたぞ」
「暴君に嫁いだ妹を返して!」

 人々は口々にディオニスを罵った。ディオニスは民衆によって処刑が速やかに行われ、その王冠は民の手を伝ってシービーに引き渡された。

 どっと群衆の間に、歓声が起った。

「万歳、王様万歳」

 こうして民衆にも支持されたミスターシービーは歴史上稀に見る名君になったのである。

 終わり